『獄中からの手紙 ゾフィー・リープクネヒトへ』ローザ・ルクセンブルク  2025/5/23

『獄中からの手紙 ゾフィー・リープクネヒトへ』

    ローザ・ルクセンブルク 

                   訳=大島かおり(みすず書房)

 

『丸山眞男座談〈9〉』に、劇映画『ローザ・ルクセンブルク』(監督=マルガレーテ・フォン・トロッタ 一九八六年/西ドイツ)についての鼎談が収められており、教えられることが多かった(「映画『ローザ・ルクセンブルク』をめぐって」高野悦子・西川正雄・丸山眞男 一九八八年四月「図書」初出)。

ローザの生きた時代は世界の箍が外れてしまった時代で、ドイツ社会民主党の指導者の一人であったローザは果敢に闘い、獄中から解放されたあと虐殺された(盟友カール・リープクネヒトも虐殺されている)。

その実態は、支配階級と手を結んだ社会民主党政権の了承のもとに行われたのである。

社会民主党の真意はドイツを共産主義から救い出す為というものであった。

ローザはレーニンと党組織論をめぐって論争を繰り広げたが、その後のロシア革命の成功があって、ローザは間違っているとの左翼の共通の認識がまかり通っていた。

しかしソヴィエト政権の崩壊に至ってローザの指摘の正しさが明らかになってきている。

 

私はこの鼎談によって一九八七年岩波ホールでこの映画が上映されたことを知り、是非鑑賞したいと強く希っていたところ、DVDが発行されていることを知った。

あまりに高額の為躊躇しているうちに品切れとなって手に入れることが不可能となったが、思いがけない機会に恵まれ見ることができた。

五年以上前になるがローザの著書『資本蓄積論』を読んでいたことがあったので思い入れが深く、また作品自体も素晴らしいものであった。映画のなかに婦人論のアウグスト・ベーベルや社民党左派の指導者カール・リープクネヒト、右派のカール・カウツキー、エドゥアルト・ベルンシュタイン、リープクネヒトの妻ゾフィー等の名前が出ており何やら懐かしかった。

 

『獄中からの手紙』は、ローザがリープクネヒトの妻ゾフィーに宛てた三十五通の手紙からなる。ローザは、獄中で訳したウラジーミル・コロレンコの『わが同時代人の歴史』のまえがきに、「鳥が飛ぶためにつくられたように、人間は幸福になるためにつくられた」と書いており、人類愛に満ち、自然との交流、文学、芸術に対する熱い心がこの本の中に溢れていて、「血のローザ」と謳われた革命家ローザのやさしさと暖かさが横溢している。

ここにローザからゾフィーへの手紙の一部分を引用する(ヴロンケ 一九一七年六月三日「日曜日の朝」)。

「ゾニューシャ、わたしがどこにいるか、どこでこの手紙を書いているか、おわかり? 庭ですよ! 小机を運び出してきて、緑の茂みのあいだに隠れて鎮座ましましています。わたしの右側には丁子の香りのする黄色いスグリ、左側にはイボタノキの灌木、頭上では、カエデとほっそりしたマロニエの若木がたがいに大きく拡げた緑の手を延べあい、前方では、真面目で穏和なウラジロハコヤナギの大木が、わさわさとその白い葉をゆるやかにそよがせています。わたしが書いているこの紙の上で、木々の葉のほのかな影が明るい木漏れ日の環と踊っていますよ。そして雨で湿った葉むらから、ときどきわたしの顔や手にぽつりと滴が落ちてくる。監獄教会堂ではいま礼拝がおこなわれていて、くぐもったオルガンの音がかすかに聞こえますが、木々のざわめきと、今日はみんなとくに陽気な小鳥たちの明るい合唱にかき消されています。遠くからはカッコウの呼び声、なんとすばらしい、わたしはなんと幸せなことか、もうほとんど聖ヨハネ祭の気分です─完全で豊穣な盛夏の到来と生の陶酔のあの気分、ワーグナーの『マイスタージンガー』のあの場面をご存知かしら?」

何とみずみずしい感覚であることか!

 

論敵レーニンが「ローザ・ルクセンブルクは牝鶏でなく鷲であった」とのセリフを吐いていることがローザに対する最高の賛辞であり、立派な革命家としてローザの評価が落ちることは決してないことを最後に確認したい。