「古文書返却の旅」網野善彦 著 中公新書 2024年3月7日

「古文書返却の旅」網野善彦 著中公新書 2024/3/7

2024年1月1日に石川県を襲った大地震で倒壊した時国家の惨状がTVで放映された。

多分上時国家と下時国家ともに被災した事と思われる。

時国家は輪島市と珠洲市の中間あたりにあり、下時国家の建築は1644年頃まで遡りうる事や、上時国家の住宅、蔵が 町野川沿いの「古屋敷」から移築されている事が明らかになっている。

時国家と呼ばれるいわれは、町野川の上流に位置することから上時国家と呼ばれる。

なお、時国家は平安時代末期、文治元年(1185年)源平合戦で敗れて、能登に流された大納言時忠の子平時国を家祖とされており、800年続く旧家で現在の当主は25代目である。江戸時代には大庄屋をつとめた家であり、江戸時代後期に建てられた主屋、米蔵、納屋は上時国家として国の重要文化財に指定されている。

 

1949年東海区水産研究所で漁業制産改革を内実あらしめる為という名目で全国各地の漁村の古文書を借用、寄贈などの方法で蒐集、整理、刊行する仕事を推進し、本格的な資料館、文書館を設立して、それを永続的なものにするのがその目標であった。

10人前後の研究員が、全国から文書を借用し、100万部の資料が集まった。しかし水産庁は研究所に対する委託予算を打ち切ったのである。研究員も離散した為に、集まった文書は東京女子大学の倉庫にリンゴ箱に入れられたまゝ山積された。

集められた木箱4箱に入れられた「時国家文書」が見出されたのである。1981年あたりから本格的に文書返却が始まり、時国家を訪問、ここで改めて見出した文書、帳簿類はダンボール44箱に及んだのである。この他に古い襖紙から寛文年間(1661年~73)にまで遡る江戸中後期の多数の下張り文書を見出しており、総計で10数万点に及ぶと思われたのである。

その整理作業は10年及んだ。目録を作成、写真の撮影、1点、1点を封筒に収めて文書のすべてを返却したのである。

現在、重要文化財となっている両家建物はもちろん膨大な文書類は果たしてどうなっているのであろうか。

日本政府の現在を考えると(両家を過去に具(つぶさ)に拝見した事のある私にとっても人事ともおもえない)。現政府が文化財をさして重視しているとも思えない為にその疑念は拭えない。