『メグレと老婦人』ジョルジュ・シムノン 2023年10月5日

『メグレと老婦人』 ジョルジュ・シムノン  2023年10月5日

 

舞台は秋の避暑地。パリ発ル・アーブル行きの都市プレオーテ ズーズーヴィルに程近いイボールという陰気な小町である。

9月6日水曜日の事だった。メグレは自宅にフェルデナン・ベンソン未亡人ヴァランティーヌ・ベンソンの来訪を受ける。彼女はまことに愛らしい、まるで女優が扮した老侯爵夫人といった様子に見えた。内容は住み込みの召使ローズが自分の身代わりで殺されたという事件の真相の究明の依頼である。ヴァランティーヌは手伝い女ルロワーと召使いのローズと3人で住んであり、彼女は貧しい両親のもとに育ち14才の頃子守に出され、その後ホテルの部屋女中もやっていた。結婚し一女をもうけたあと夫は急逝。30才はじめに16才と18才の男子を抱えた55才の中年男と結婚。その後夫はクリームの製造が大当たりして一躍大金持ちとなる。しかし次第に事業は左前となり、財産も次々と売却。小さな家と少しばかりの年金を残して70才で死亡。

おおよその情報を聴取したあと、メグレの探索が始まる。次第に家族の中の亀裂が浮かび上がってくる。娘アシュレットは38才、美人で若くみえるが裏で多くの男と情事にのめり込んでいる。長男テオは遊び人で酒浸り、次男のシャルルは地方政治家、家族の中は冷え切っている。ヴァランティーヌは昔お城を所有していた事から町では女城主と呼ばれており、いわば町の著名人の一人であるが、町の人々の視線は冷やゝかなものがある。

彼女の住むイボールは近くに海水浴場がある小さな町で『丘の腹を緩やかな勾配になって張っている道を指さした。庭に囲まれた別荘風の家が4,5軒道の際に建っていた。繁みの中に隠れた一軒から一定の距離をのところに彼は立ちどまった。その家の煙突からいち条の煙が空のうすら青みの上に、ゆっくりと立ち登っているのが眺められた』と云ったあたかも印象派の画家の絵をみるようなシムノン特有の描写がみられる。

事件は急転直下意外な結末を迎えるのだ。

彼の作品は実に登場人物が隔てなく人間が描かれており、極めて良質な文学作品となっている。

メグレ警視が活躍する多くの作品の中の一作であり、何れも上質の作品に出来上がっている。私の最も愛好する作家の一人である。