『 嘔吐 』ジャン・ポール・サルトル著   2022年10月3日

1938年5月ガリマール書店から刊行されたサルトル33歳の作品である。

サルトルは高等師範学校を卒業し、北フランスのル・アーブルで哲学教師として勤務の経歴があり、この作品の基礎となっている。

「嘔吐」はフランス北部の港町ブウヴィルに住んでいるアントワヌ・ロカンタンで知識人の彼は18世紀の人ド・ロルボンに関する本を執筆する為にこの地に滞在し、町の図書館に通い、公園を散歩する単調な生活を送っている。ブウヴィルは陰鬱な町でそこに住む人々は何の変化もない、つましい日常を送っており、活力に乏しい駅前のカフェ、公園の散歩、酒場、安食堂での無気力な生活振りが執拗に描かれている。

ロカンタンは公園の樹の根を見る。公園の樹の根において彼の意識にとっての対象ではなく、物そのもの、存在そのものがあらわれる、一種の直観で、その直観の生理的な表現が「吐き気」である。すべて存在する物は偶然そこにあるだけで存在する理由も必然もなく、何の根拠もない絶対的なものである。人間がそれを判断したときに感ずるのが「吐き気」であると。

しかし過去に生活を共にした女アニイとの久方振りの出会いについて「腕を垂らし、昔はその為にお転婆娘といった印象を与えていた。気難しい顔をしている。しかし、いまではもう小娘などに似ていない肥えて胸は厚い」お互いの間の話は昔と同じように全く嚙み合う事はない。2人のこの瞬間はかけがいのないものではあるが、終りの始まりでもある。

 

この小説の背景について

1936年フランス人民戦線レオン・ブルム内閣成立。1939年3月スペイン人民戦線敗北。

1940年パリ陥落。世界はヒットラーが台頭し、ファシズムの足音が高くなって永年に亘って築きあげられてきた民主主義の価値観が破壊され、ニヒリズムの風潮がヨーロッパ全体をおゝってきた時期でその影響が色濃く反映されている。

この本は人文書院刊1957年発行のもので今は懐かしい活版印刷本である。当時サルトルの劇作を中心にさかんに読んだものであった。