和田 大諷

東京都 葛飾区金町在住

佛画・書・刻字・篆刻を制作。

個展は都内、ひたちなか、米国のロスアンゼルス、ロシアのサンクトペテルブルグで開催、20数回に及ぶ。

過去の個展は展示会の項目をご覧ください。

 

2022年鳩居堂「和田 大諷 金泥の世界」は終了いたしました。

本来2021年の個展(2021年4月)が新型コロナウィルス感染防止の為延期となり1年遅れて開催となったものです。2022年 4月 5日(火)~

      4月 10日(日)

 

   

著 書

 2014年2月

  「大諷の映画狂時代」

  2018年1月「大諷のへそ曲り

            読書日記」

  2019年7月  「大諷の観音の道」

  2020年11月  「大諷の無辺楽事」

  2021年11月「続 ・大諷の無辺楽事

         ボクシング編」

  2022年 目下制作中 8,9月頃予定

          和田大諷「金泥の世界 」

 

ボクシングは若い頃からのファンにして、頭の中に過去の試合やボクサーの名前が詰まっている。

毎週月曜日のTV観戦記の記事は公平な目での厳しい批評が面白い。世界戦代表的試合は殆ど欠かさずアップしています。

 

 

ドキュメンタリー映画「死霊魂」第二部

2019年 山形国際ドキュメンタリー映画祭上映 「 死霊魂」第二部

 

1.明水の荒野に人骨が散らばっている。

再教育の為の収容所の跡地である。

縄で縛ってある袋か箱が出てくるが、収容された者が死ぬと荷物と一緒に埋められたものだ。

小石が散在しており一つ一つに朱書きのあとがみえる。死者の名前である。夾辺溝収容所の生存者曹宗華(64才)以下6名が参加して冥銭を火に焼(ク)べて死者たちの供養をする。収容者達は地下壕を掘ってそこに寝起きしていた。

 

2.収容され辛うじて生存していた人達の証言

イ.邢徳(シン・ドー)86才 2005年11月3日 取材 その後死亡

ロ.蒲衍信 83才 同年月 5日 取材 2011年に死亡

ハ.趙丙堃(シャオ・ビンクン)同上年月3日 取材 2008年に死亡

二.趙鉄民 同上年月4日 取材 2016年に死亡

 

4人の証言は実に克明に語られる。驚くべきことに彼らは収容前の職場の人物を始め収容所の幹部の多くの名前を記憶しており、与えられた仕事、次々と死んで行く仲間の実態を生々しく語っている。

誰もが一致して語っているのは、突然職場から移動を命じられ、行きつく先は収容所であり、政府に騙されたと言う事であり、政府の方針は各職場から人数が割り当てられており、右派として収容所に根拠なく送り出されたのである。

邢徳の送られた収容所は3500人のうち3000人が死亡している。収容所の実態は虐待そのもので、その非人道的たるや、まさに目を蔽うような恐るべきものであった。釈放された人々の名誉回復は1977年の文化大革命以降となる。

 

第一部 173分、第二部 171分、第三部 183分 計 8時間47分 2010年に完成、2014年に上映するまでになる。