和田 大諷

東京葛飾区金町在住

佛画・書・刻字・篆刻を制作

20数回の個展を都内、ひたちなか、ロスアンゼルス、サンクトペテルブルグで開く。過去の個展は展示会の項目をご覧ください。

 

2021年鳩居堂の個展(2021年3月30日~4月4日予定)延期となり、新たな開催予定が決まりました。

  2022年 4月 5日(火)~

      4月 10日(日)

  時間 午前11時~午後 7時 

    最終日は 午後 5時 迄

 

  

著 書

 2014年2月

  「大諷の映画狂時代」

  2018年1月「大諷のへそ曲り

            読書日記」

  2019年7月  「大諷の観音の道」

  2020年11月  「大諷の無辺楽事」

 

ボクシングは若い頃からのファンにして、頭の中に過去の試合やボクサーの名前が詰まっている。

毎週月曜日のTV観戦記の記事は公平な目での厳しい批評が面白い。世界戦代表的試合は殆ど欠かさずアップしています。

 

 

10月22日 朝日新聞 「眞子さんの結婚に思う」森まゆみ について

寄稿 ----「眞子さんの結婚に思う」----- 森まゆみ を読んで思う事

2021年10月22日の朝日新聞に掲載された その要旨。憲法第24条によれば「婚姻は両性の合意のみに基いて成立する」何人たりとも介入は出来ないはずとし、この4年間プライバシーの侵害はもとより「内親王の結婚相手にふさわしくない」「これからの皇室が心配される」「皇室の尊厳を損なうものだ」と おちょぼ口、したり顔の皇室ジャーナリストをはじめ、識者といわれる人たちが敬語を用いながら全く敬意のない論を繰り広げてきた。こうしたおためごかし、余計なお世話の論がふえるにつれと続き、憶測だらけの記事を書きまくったメディアにはうんざりだとし、結論として、思うように生きたらいい。

好きな仕事をしたらいい。もっと別な貧しい、過酷な社会があることも知るといい。うまくいかなければやりなおせばいい。人に強いられた人生には恨みしか残らないが、自分の信念で選んだことなら責任の取りようはある。眞子さん、アメリカで羽ばたいてください で終わる。

森氏の結論を世間一般では余計なお世話と言い、したり顔と云う。

 

第一に 森氏は自己決定権は基本的人権の基礎であると述べているが、そもそも眞子内親王に基本的人権は無い、選挙権も無ければ、住民票も無いく、言論の自由も無く、自分で生活して行くという自己決定権は全く無いのだ。自己の主張も一切封じられている。そうした状況を全く無視していきなり「婚姻は両性の合意のみに基づいて」と言われても内親王は一般人と隔絶した世界に生きており、そこに本当の両性の合意が築けるとは到底思えない。日本国民としての権利が一切奪われている、いわば羽を失わされた内親王に「アメリカで羽ばたけ」とそこは酷と言うものである。

 

第二に マスコミ非難について、はマスコミは売れるとみればとりあげて報道するものであり、そこには虚実入りまじるのが当然である。それには政治家でもタレントでも区別なく容赦なく曝される。森氏は皇族をこのように取り上げるのはいかんとでも言うのであろうか。皇族には忖度しろとでも云うのであろうか。

 

第三に 言論人としての森氏が取り上げるべきは、こうした皇室の人達の人権や言論の自由を改めて考える事である。憲法には第4条に「天皇は憲法に定める国事に関する行為のみを行い国事に関する権能を有しない」

 (注)権能とはある事柄について権利を主張し行使することが出来る能力。法律上認められている権限についていうこと。

 

としか記されておらず、住民票のない事や選挙権がない事等又言論、信教の自由や表現の自由の制限等には一切触れられていない。従って現在の慣例である様々な制限は憲法上規定されていないのである。この事こそ現在問題視されている内親王の根本原因であるのにこれに切り込む事をしないのは何故か。

 

第四に  第二次世界大戦の開戦、続行に最高責任者として絶大な役割を担った昭和天皇は侵略戦争のまさに当事者として責任を負っておらず、昭和天皇は必ずしもその責任を感じてはいないようであった。しかし平成天皇は天皇の原罪とも云うべき戦争責任を痛感していたかのように、戦争犯罪人を合祀した靖国神社参拝を行わないことでその矜持を辛うじて保っており、自然災害の度ごとに現地を見舞い、慰撫、激励し、国民に寄りそう姿勢を一貫して続けてきたし、令和天皇もその意思をついでいるようにみえる。歴代の政府と戦争関しての大きな意見の相違が見てとれるのである。

森氏は第二次世界大戦をどう考えているのであろうか。何故戦争は始められ、軍人350万人と民間人数10万人の命を奪い、数百万人のアジア人を殺害する侵略戦争に突入していったのか。軍隊はもとより、政府に誘導されたとはいえ多くの国民が熱狂的に戦争を支持した事も又事実であり、戦争終結後もあいまいのまゝ不問に付し、戦争遂行責任者の多くが戦後も尚引き続いてその任に当たったことから、憲法違反の世界有数の軍事力を持ち、今日のモリ、カケ問題、公文書破棄・偽造問題や桜問題、福島原発問題等民主主義国家にあるまじき事態を迎えた遠因となったと言えなくもない。

眞子内親王問題も戦後、米国の思惑によって存続させられた天皇制の矛盾が表面化したに過ぎない。

 

最後に森氏の尊敬する知恵ある老人の「失敗のない人生はそれこそ失敗でございます」といったこの言葉を眞子内親王にプレゼントしたいと語っているが、人生で失敗の無い人なんて唯一人として居ないものだし、取り返す事の出来ない失敗も人生にはあり得ると言っておきたい。戦後国家の主権、人権、そして天皇制を国民的論議なしに作りあげら事に内親王問題の本質がある。