和田 大諷

東京葛飾区金町在住

佛画・書・刻字・篆刻を制作

20数回の個展を都内、ひたちなか、ロスアンゼルス、サンクトペテルブルグで開く。過去の個展は展示会の項目をご覧ください。

 

2021年鳩居堂の個展(2021年3月30日~4月4日予定)は延期となりました。新たな開催予定が決まりましたら

本ページにてお知らせ致します。

  

著作 

 2014年2月

  「大諷の映画狂時代」

  2018年1月「大諷のへそ曲り

            読書日記」

  2019年7月  「大諷の観音の道」

  2020年11月  「大諷の無辺楽事」

 

ボクシングは若い頃からのファンにして、頭の中に過去の試合やボクサーの名前が詰まっている。

毎週月曜日のTV観戦記の記事は公平な目での厳しい批評が面白い。世界戦代表的試合は殆ど欠かさずアップしています。

 

 

2020年に読んだ本 (その4)

51. 狂風記 上・下  石川  淳 集英社

この作品は1971年2月から80年10月にかけて昴に連載されたものであり、石川淳の小

説作品の集大成というべきものである。

始まりの場所はいちめんの堆積物の山、紙屑、あきびん、あきかん、つぶれたダンボール、さびついた自転車、犬,猫の死骸、それは廃棄物の山である。

そこに住みついているのが青年マゴで一丁のシャベルを持って自分の過去を探してこの

廃棄物の山を掘りつゞけていて、そこで不思議なる美女ヒメに出合う。

ヒメは天保時代の長野主膳の妾の末裔で手元には2部の巻子本が保管されている。

天保13年壬寅11月某日28才とあり主膳は彦根の井伊直弼を尋ねるくだりから始まり、

その側近となり斬首刑となっていた。ヒメは葬儀屋を営んでおり現世と黄泉の国を行き

来している女だ。

マゴとヒメの2人が、夜闇の中で銀白色の車でこゝに乗り付けた若い3人が死体を投げすてゝ行くのを目撃する。尚死体を投げ捨てた3人のうちの一人が鐵三のホモの相手であり、腹上死した鐵三を捨てに来たのだ。

死体はこれ一流会社柳商事の柳鐵三である。所在不明となった社長に会社は対応に苦慮

して病気と発表する。副社長の桃屋義一は鐵三の父の出戻り娘と結婚して柳家の婿となり、柳商事乗っ取りを企む。若者のうち安樹は鐵三のドラ息子で鼻つまみ、初吉は義一

の弟であり二人は跡目をめぐって暗躍を開始する。そこに財界の重鎮鶴巻大吉、甥の大

学教授で政界を目指す野心家の小吉、鐵三の秘書で愛人の新川眉子等が入り乱れて話は

進む。

石川淳は古代の神話から現代のありとあらゆる出来事まで網羅し、その裾野に拡がるヒ

メとマゴの壮大なロマンを繰り拡げる。

この絢爛たる物語にリアリティをもたらしているのが、政・財界にうごめく反社会的人

々のその醜さを容赦なく書ききっている事にある。

 

52. 文壇日記 高見 順  岩波文庫

昭和35年2月、10年振りに日記を書くことを再開して以後ガン宣告を受ける38年10月

迄の日記の収録である。彼は文学者であるが社会に対する関心も強く、マルクス主義者

として人生を始めており、党員ではなかったものゝ、思想的転向者であることは自ら自

覚していた。「小林秀雄が ”君は安保反対なんだろう、よせやい” と云われて、これはどういう意味だったんだろう。林房雄ふうの賛成者なのか。文士の政治参加に反対なのか。いわゆる進歩的文化人に対する反発なのかと述べ、小林秀雄は仕事を重んじている。それは分る。だが、だからと言って新安保反対にまったをかけることはない。自分は仕

事をしたいと、ひっこんでいればいいのだ」「私は安保反対だが、それに狂奔してはい

ない。むしろ狂奔したいぐらいのだが」と自分の立ち位置を明確にしている。

又日記を書くことに対しては「日記を書く気がしない。こんな私生活を書きとどめて何

になる」と作品制作が遅々として進まない事への自虐的な言葉もみられる。彼はライフ

ワークの小説2編、すなわち「激流」と「いやな感じ」の作品作りと又それだけでは生

活費を稼ぐ事ができない為に不本意ながら中間小説に手を染めなければならない。

又ラジオドラマも書かねばならないことに苛立っていた。作品づくりに苦しみながら各

種文学賞の選考委員として、ペンクラブの専務理事として、文芸家協会の理事として、

又最大の精力を注いだ。近代文学館理事長として様々な関係者との交渉に携わっていた

のである。会合のあとの食事、酒の席にも律義に参加しており、古き江戸っ子の気分を

保ってきた人物であることが分かる。

多忙の中で日記にみられる驚くべき読書家でもあることだ。古書店を渉猟し大量の本を

買っている。文学、美術、哲学、自然科学、社会科学等の専門書に及び、良く読み込ん

でいるのだ。彼の従兄は永井荷風で彼と並んで日記文学の双璧である。

尚、死の直前に平野謙に自分は共産主義者として死にたいとも語っていた。

 

53.    起承転々  高見順  集英社

昭和10年10月号「文芸春秋」に発表された。

これは高見の「コキューの嘆き」を主題と作品の一つである。

物語は神田の喫茶店に中年の佐伯と若い雅子が坐っている側のテーブルに伊南外2名の

医科大学生が入って来たところから始まる。伊南等は雅子のあまりの美しさに引き寄せ

られる。佐伯は雅子を妹だと紹介し、3人を行きつけの酒場に誘う。

伊南は雅子に夢中になる。佐伯はさる会社の常務であり、後妻のバックの力で成り上がったもので、雅子のパトロンである。雅子は有夫の女で女優志望でもあり佐伯に近付いた。伊南と雅子は急接近し、話を聞いた伊南の母親は、母一人、子一人で心血を注いで育て

た息子の願ってもない話に驚き、夢中になり、佐伯家に正式結婚申込に乗り込む。

佐伯の妻はこれに驚き、うちには妹もいなければ、親戚にも該当する女はいないと、突っぱねる。二人は互いにこの話に怒り呆然とする。

雅子は何とか映画監督に渡りをつけて、この機に夫に離婚を申し出る。

といった小品である。雅子のような女性はその後現実に出現して来るのである。

この小品の決め手は会話技術の巧みさでもある。左翼敗退後の高見の気分の落ち込みと云ったものが何んとなく窺える作品でもある。

 

54.いやな感じ  高見 順  文芸春秋新社 刊

高見順が昭和38年ガン宣告を受ける前に書かれた最後の作品である。

主人公 加柴四郎は3年前19才の時、いっぱしのテロリスト気取りで福井大将を狙撃したが安物の拳銃を使用した為に失敗。その一派は捕まって死刑となったが、四郎は辛うじ

て逃げ、助かっている。四郎はアナーキストの労働組合で働いているが、それだけでは

食って行かれずに砂馬慷一の手先となって恐喝まがいの行為によって生活している。

私娼窟の女クララこと瀬良照子に惚れ込み通うが、彼女に性病をうつされた挙句彼女は

男と逃げてしまうのだ。

 

四郎が働く労働組合はアナーキストとボルシュビキの勢力争いが激しく、やがてボル側

の説得工作によって切り崩され、アナーキストは四郎一人となってしまう。

逃げたクララは10年後中国でカフェの女主人公として姿を表わしている。

 

ボル派の檄文「無政府主義は空想的なり。破壊的なり。社会運動を妨害する邪徒なり。

・・・・吾人詰束せんとするや、彼等直ちにこれを妨ぐ、これを破る。我国社会運動の遅々として進まざる、即ち此の無政府党あるに依る。実に彼等は社会主義の仇敵なり、

人類の仇敵なり・・・・吾人は断言す。無政府党は無頼の巣窟なり」と。「而もこの無

頼たるや、国粋民労の草賊よりも恐るべく憎むべし。嗚呼 無政府党は社会主義の敵なり、人類の敵なり・・・云々」1922年9月26日 日本労働協会

 

この主張は「日本問題に関する決議」コミンテルン22年テーゼによると「社会民主主義指導者はブルジョアジーの買収された代理人であって、ブルジュアジのー命を受けて協

調主義と愛国主義と社会帝国主義の毒素を大衆に伝染せしめんと努めている。大衆獲得の闘争、なかんずく社会民主主義的労働者獲得の闘争は次のことなくしては不可能である。すなわち社会民主主義者を不断に、精力的に暴露、議会主義的幻想をひろめていること。えせ自由主義ブルジョアジーの助手及び追随者としての役割を演じていることを不断に、精力的に暴露する事である」と結論づけている。

 

現在では理解が困難なこの問題を、私の知人田辺均氏の父親が上田庄三郎と一部論壇で

話題となった「アナ・ボル」論争を行っており、又スペインの内戦の共和国軍の中心的

組織の一つである労働組合の有力組織はアナーキスト等であった。

やがて四郎は軍部の一部や、右翼、アナーキストと結びついて、その界隈で知られるようにもなって官憲に追われるようになる。四郎はその後中国に渡って次第に本格的なテロリストに変貌して行くのだ。当初の四郎の考えは、ボルシュビキの理論ばかりで実行の伴わないやり方を嫌悪しており、テロによって突破口を開き、大衆を蹶起させるべきと云うものであったのだが・・・

高見順は当時の政治、軍事状況や右翼の実情、巷の下層生活者等を丹念に調査研究もし、左翼の動き方や方針もかなり熟知していたようである。作品の完成に相当の苦慮があったと本人も苦しんだようだが、力作であることに問題はない。隠語も数多く使われており、この収集の努力も頭が下がるものがある。

 

2020年に読んだ本 (完)