和田 大諷

東京葛飾区金町在住

佛画・書・刻字・篆刻を制作

20数回の個展を都内、ひたちなか、ロスアンゼルス、サンクトペテルブルグで開く。過去の個展は展示会の項目をご覧ください。

 

次回鳩居堂の個展は2021年3月30日(火)から4月4日(日)の予定です。

 

 

著作 

 2014年2月

  「大諷の映画狂時代」

  2018年1月「大諷のへそ曲り

            読書日記」

  2019年7月  「大諷の観音の道」

 

 

ボクシングは若い頃からのファンにして、頭の中に過去の試合やボクサーの名前が詰まっている。

毎週月曜日のTV観戦記の記事は公平な目での厳しい批評が面白い。世界戦代表的試合は殆ど欠かさずアップしています。

 

 

「芸術と政治」丸山眞男 座談より 1958~1959年

丸山眞男 座談より 「芸術と政治」 1958~1959年

 

丸山眞男と吉田秀和の間で興味深い座談が繰り広げられている。
20世紀を代表する指揮者トスカニーニとフルトヴェングラーである。
1.吉田「トスカニーニはさっぱりとイタリーをすてゝ国外に出ちゃったんですね。それは音楽家としてのトスカニーニがやってきたことゝ首尾一貫していると思うんです。

一つはファシズムが嫌いだから出てしまった。もう一つは聴衆に対する態度なんですね。ファシストイタリーにだってナチドイツ同様、本当の音楽好きの公衆は存在した。

トスカニーニはいわば未練なくその人達を捨てちゃったんですね。そしてニューヨークへ行って、そこで世界一流のニューヨーク・フィルハーモニィーと演奏する。又彼の為につくられたNBCオーケストラが編成される。
トスカニーニという人は指揮者として革命的な人ですが、一口に言って楽譜に忠実にやる行き方ですが、ご承知のように楽譜は音楽的思考の記録として、けっして完全なものじゃない。早い話がフォルテといゝアレグロといっても、どのぐらい強く、どのくらい早く弾くか。楽譜の区切りでテンポをどうもっていくか。たとえばベートーベンの場合はアレグロといってもハイドンのそれとちがう。そういう伝統があり、それが受けつがれつゝ演奏家の個性による変化をうけてきたんですが、トスカニーニは簡単に言えば、そういうものを一切無視しちゃってあくまでも譜面どうりに、イン・テンポでやる。

機械化され能率化された世界にピッタリなんですね。イタリーであろうとアメリカであろうと、パリであろうと世界のどこへ行っても通用するんですよ。

 

2.フルトヴェングラーの場合はまさにこれと反対でドイツの聴衆に聴かせるときが、その音楽がいちばん生きてくる。フルトヴェングラーにとっては演奏が抽象的に存在するのではなくて、音楽を共鳴し理解する公衆が必要なんで、その理想的なものは、彼と同じ伝統をもったドイツの公衆でなくちゃならない。そのつながりを重要視するからこそニューヨーク・フィルの常任の位置にトスカニーニから推薦されたが、結局ゆかないでしまっている。政治のある部分には目をふさいでもドイツに残らざるをえなかった。
フルトヴェングラーの場合にはドイツの国土、ドイツ人との一種の運命的な連帯感情を持っており、又、ドイツ文化の伝統は一時期の政治形態などによって押しつぶされるようなチャチなものではない。もっと深く永続的なものだという確信があると思うんです」

「ドイツ文化を通じて世界の人類に貢献することが、ドイツを離れては自分にはできないんだという確信がいつも流れている」
フルトヴェングラーによれば第3帝国で指揮する者はみんなナチだというトスカニーニの考え方は、芸術をもって時の政権の宣伝と見るナチの考え方を奇妙にも反対の立場から継承しているじゃないか。戦後のアメリカも「ヒットラーの馬鹿げた芸術観と政治観を身につけているじゃないかということになる。ところがトスカニーニはどこまでも奴隷の国には芸術の自由も創造性もない。問題は奴隷国か自由国かの二者択一だと考える。

 

3.一方フルトヴェングラーは多くのユダヤ人や彼を頼ってきた人達を献身的に助けていますね。そういう人達にとっては彼はナチの手から弱い者を守る為に立ちはだかった大きな翼であった訳です。それが大きいだけに不可避的にナチとの接触を深め、そこからナチへの妥協を彼に強いたのじゃないか。

そう考えるとフルトヴェングラーに悲劇的なものを感ずる。
フルトヴェングラーは驚くほど政治、社会情勢について無知なんですね。「いきなりナチがキノコのように大地から生えてきた」と言っていますが、ラジオも持たず、ほとんど新聞も読んでいなかった為かナチの政権獲得の少し前にヒットラーに会っているいるのに、ほとんど何の印象も残っていない。まさかあんな男が・・・・と思ったことであろう。

ナチを甘くみていた。当時のドイツの第一級のインテリに共通に見られる傾向なんです。
30~33年にかけて哲学、社会科学等々雑誌を見てもナチというものを真正面から分析の対象にしたものがほとんどないということ、つまりまったくバカにしているわけです。

 

4.(注)●アルトゥール・トスカニーニ(1867 ~1957)
イタリアの指揮者 
1886年リオ・デ・ジャネイロでオペラ「アイーダ」を指揮し成功を収めるや、以降イタリア各地でオペラ指揮者として活躍。1898~1908ミラノ・スカラ座の音楽監督。
08~15年ニューヨークのメトロポリタン歌劇場指揮者を務め、29~36年ニューヨーク・フィル常任指揮者、37年トスカニーニの為にニューヨークにNBC交響楽団が組織される。


●ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(1886~1954)
1906年指揮者としてデビュー、ドイツ各地に客演して頭角を現した。1922年ベルリン・フィルの指揮者に就任。ウイーンフィルの指揮者も兼任した。
戦後 戦犯容疑をかけられたが無罪。
47年活動を再開、ヨーロッパ楽界に君臨した。
ベートーベン、ワーグナー、ブルックナー、ブラームスは絶品と称賛されている。


私の手許にあるCD(フルトヴェングラー)
1.ベートーベン交響曲第5番 1937年録音
  ヴァイオリン協奏曲ニ長調作品61 1947年録音
  ブラームス、ハイドンの主題による変奏曲作品56a 1952年録音
2.ベートーベン交響曲第6番「田園」
3.   同      9番「合唱」 1951年録音
     同              1953年録音    
  シューマン交響曲第4番      1953年録音
4.ワーグナー 「トリステンとイゾルデ」全曲   1952年録音
     イゾルデ:キルステン・フラグスタート
     トリスタン:ルートヴィヒ・ズートハウス
     クルウュナール:ディートリッヒ フィッシーヤ・デスカウ

5.ワグナー 「ニューベルグの指輪」  1950年録音
      ハイライト
     ブリュンヒルデ フラグスタート

ナチス治下のドイツから実に多くの芸術家が亡命している。他占領下のフランスでも同様ヨーロッパ中がいかにナチスの被害にあっているか。そのうちの一つフルトヴェングラーの現実がみられる。こればかりでなくアメリカの赤狩り、ソヴィエトの恐怖政治と同様でフルトヴェングラーは結果的にナチスに利用されて協力してしまった事になる訳でその苦汁の念はいかばかりであったであろう。
そして戦後の忸怩たる思いは果たして・・・・・