「美しい国へ」安倍晋三  2006年7月     文芸春秋

「美しい国」安倍晋三 2006年7月                文芸春秋

安倍晋三が政治目標とする「美しい国」とは何かを一冊の本にして語っている。
まず私の原点として
① 「高校授業の時だった。担当の先生(担当の先生とはいったい何のこと?)が70年を機に安保条約を破棄すべきであるという立場に立って話をした。私(安倍)は新条約には米国との経済協力がうたわれていますがどう思いますかと反論すると、先生は不愉快な顔をして話題をほかに変えてしまった」として「中身を吟味せずに何かと云うと革新とか反権力とか叫ぶ人達をどこかうさんくさいと感じていた」と語っている。
反権力の人達つまり自分と異なる意見をもった人達を極めて単純化して一派一絡げにうさんくさい人達と片付ける非論理性をよく表している。

 

②第2次大戦の責任について
軍部の独走であったとのひと言で片づけられることが多いとそれこそ一言で片づけ、昭和17、18年の新聞には「断固戦うべし」という活字が躍っていてマスコミを含め民意の多くは軍部を支持していたのではないかと結論づけている。
まさに驚くべき考えで、絶対天皇制のもとで言論の自由、報道の自由を弾圧し、「治安維持法」で国民を恐怖のどん底におとし入れた実態を全く無視している意見である。

③さて日本の独立を取り戻すための目標としてサンフランシスコ講和条約によって形式的には主権を回復したが、日本国民の自らの手で白地からこれをつくりだすべきとし、自主憲法をの制定を強く主張している。経済成長によって自民党は一つの目標を達成したが、弊害もあらわれたとし、家庭の絆、生まれ育った地域への愛着、国に対する想いが軽視されるようになったとしている。
振り返って事実関係を見てみると
昭和22年8月当時の文部省が学校用の準教科書として「あたらしい憲法のはなし」という小冊子を出した。これは政府みずからの出版である。
これによると「これまであった憲法は明治22年にできたもので、これは明治天皇がおつくりになって、国民に与えられたものです。しかしこんどのあたらしい憲法は、日本国民がじぶんでつくったもので、日本国民ぜんたいの意見で自由につくられたものであります」とある。
押し付けられたなどオクビにも出さなかった。しかし昭和24年7月4日アメリカ独立記念日にマッカーサー元帥は「日本は不敗の反共防壁となるであろう」と明言。アメリカの変化は昭和24年10月中華人民共和国の成立、昭和25年には朝鮮戦争が勃発した為である。更に28年10月池田。ロバートソン会談のあと共同声明では日本の自衛力増強の為に憲法が支障になっているとし、同年11月9日副大統領ニクソンが日本に来て「戦争放棄の憲法を制定させたのは誤りであった」の有名な演説がある。これを受けて27年重光葵

(注1)は「必要ならば徴兵制を」と発言。

28年3月鳩山自由党を結成するときには憲法改正を基本政策の一つにかゝげている。アメリカの政策転換に従って方向転換したのだ。

しかし、昭和21年8月24日憲法改正特別委員会の委員長芦田均は「侵略戦争を否定する思想を憲法に法制化した前例は絶無ではありませぬ。しかしわが新憲法のごとく全面的に軍備を撤去し、すべての戦争を否認することを規定した憲法はおそらく世界において、これを嚆矢とするでありましょう」とし「改正憲法の最大特色は大胆率直に戦争の放棄を宣言したことであります。これこそ世界平和への大道であります。われわれはこの理想をかゝげて全世界に呼びかけんとするものであります。かゝる機会を与えられたことに対し、わたしは天地神明に感謝するものであります」と語った。

しかしその芦田均(注2)は昭和31年2月28日「もし憲法が国の為に武器をとることさえ禁じているというなら、そんな憲法は一日も早くなくしたほうが良い」とこきおろしているのだ。その節操の無さには唯々呆れるばかりだ。
ちなみに昭和21年4月戦後第一回総選挙のあとの議会で現憲法が衆議院を通過したときは賛成421反対8の事実がある。
その後改憲派議員も多くこの賛成票を投じているのだ。
安倍自身が座右の銘ともする「自ら反(カエリ)みて縮(ナオ)くんば千万人といえども吾ゆかん」(注3)は当時の安倍の先輩たちの誰一人として唯々アメリカの顔色を窺う信念の無い風見鶏ばかりあったのある。
安倍のいうところの美しい国とは一体何か、この本の中ではこれをつまびらかにしていない。
しかし本の内容をつぶさにみてみると、それは憲法改定を行い、軍隊を有してアメリカに従属して軍事行動も可能に出来る国とし、国民の義務を家族内に押し込める政策を国民を無視して強行する事のようだ。
森友では公文書を改竄し、国有財産を恣意的に売り渡し、加計学園開校を様々な疑問を無視して強行し、桜を見る会での参加
者名簿の破棄などの暴挙等の秩序破壊を平然と行うこれらのやり方を貫くことがどうやら安倍の考える「美しい国」であるようだ。

 

(追記)
平成24年4月27日決定された自由民主党の日本国憲法改正草案には第24条に「家族は社会の自然かつ基礎的な単位として尊重される。家族は互いに助け合わなければならない」と記されている。これは自分では生活できなくなった人が生活保護を申請しようとしても「憲法に書いてあるので、家族で助け合えない人は援助出来ない」という解釈を導く可能性が出てくるのだ。家族を大切には一般論としては至極もっともであるが、これを法律に定めるのは全く別の事であり、個々人の考え方の問題であり、憲法に定め国家に強要されるべきものではなく「それこそ大きなお世話」であるばかりでなく極めて危険性を内包しているのだ。

 

(注1)重光 葵(しげみつ まもる)
    東條内閣の外相、第2次大戦後A級戦犯として服役。50年仮釈放。改進党総裁
    鳩山一郎内閣外相を歴任。

(注2)芦田 均(あしだひとし)
    民主党総裁 1948年首相在任中昭電事件の責任を理由に政界を引退。

(注3)吉田松陰が好んで使ったとされる孟子の言葉で意味は(自分なりに熟慮した

    結果、自分が間違っていないという信念を抱いたら、断固として前進すべし

    という意味である。)著書より