和田 大諷

東京葛飾区金町在住

佛画・書・刻字・篆刻を制作

20数回の個展を都内、ひたちなか、ロスアンゼルス、サンクトペテルブルグで開く。過去の個展は展示会の項目をご覧ください。

 

次回鳩居堂の個展は2021年3月30日(火)から4月4日(日)の予定です。

 

 

著作 

 2014年2月

  「大諷の映画狂時代」

  2018年1月「大諷のへそ曲り

            読書日記」

  2019年7月  「大諷の観音の道」

 

ボクシングは若い頃からのファンにして、頭の中に過去の試合やボクサーの名前が詰まっている。

毎週月曜日のTV観戦記の記事は公平な目での厳しい批評が面白い。世界戦代表的試合は殆ど欠かさずアップしています。

 

 

私が選んだボクシングのパウンド・フォー・パウンド①

①ボクシングに関心を持つようになって半世紀が経つ。WOWOWで放映されるようになり、一層のめり込んだ。

ボクシングの歴史は古く、古代ギリシャで行われた古代オリンピックの正式種目でホメロスの叙事詩(イリアス)にも登場している。

17世紀後半になってやっとルールらしきものが制定され始めた。それまでは反則すら決められていなかったのである。その後のボクシングが文献に現れてくるのは18世紀半ばで本格的にルールが制定されてくる。

 

②しかしボクシングは社会が安定するにつれて次第に衰退してくる。ボクシングには常に否定的、悪の臭いがつきまとっていて、裏社会と繋がりがあり、賭けの対象となり、八百長が常習化していたからだ。1970年代大プロモーターのボブ・アテムとドンキングがいてキングはオハイオ州クリーブランドの路地裏からのし上ってきた人物で、ナンバー賭博を扱うブックメーカー(書物を濫作する人)を生業とし、殺人を犯して服役しているが、ボクシング界の大立物である事からも窺い知る事ができる。

従って、社会的に健全なスポーツとはみなされなかった。

 

③そうしたことからボクシング界は幾度となく退潮期を迎えてきたが、その都度スターが誕生して、その危機を救ったのである。

60年代後半から70年代半ば「蝶のように舞い、蜂のように刺す」のフレーズで、従来のヘビー級にない軽やかなステップを踏み、シャープなパンチを繰り出し、大言壮語し、ベトナム戦争への従事を拒否し、タイトル剥奪で勇名を馳せた「カリスマ」モハメド・アリ。80年代のミドル級に輩出した、マービン・ハグラー、トーマス・ハーンズ、レイ・レナード等。80年代から90年代に恐怖のパンチ力で対戦相手を戦慄させたアイアン・マイク・タイソン等登場してボクシング熱は大いにもり上った。そして90年代、中量級にも6階級を制したオリンピック金メダルを引っ下げてプロ入りしたゴールデンボーイ、オスカー・デラホーヤの登場をみるのである。

甘いマスクとスタイリッシュで華麗なテクニック、試合後の垢抜けたコメント等で、それまでボクシングに縁のなかった層、特に女性のファンを引きつけファン層が大きく拡がった。ボクシングの社会的認知度が急速に上ったのである。

近年に至って、西欧(特にイギリス)東欧のボクシングの隆盛もあってボクシングは世界的なスポーツに変貌してきた事もあって、その技術も急速にレベルアップしてきている。

 

私が選んだボクシングのパウンド・フォー・パウンド②へつづく