和田 大諷

東京葛飾区金町在住

佛画・書・刻字・篆刻を制作

20数回の個展を都内、ひたちなか、ロスアンゼルス、サンクトペテルブルグで開く。過去の個展は展示会の項目をご覧ください。

 

次回鳩居堂の個展は2021年3月30日(火)から4月4日(日)の予定です。

 

 

著作 

 2014年2月

  「大諷の映画狂時代」

  2018年1月「大諷のへそ曲り

            読書日記」

  2019年7月  「大諷の観音の道」

 

ボクシングは若い頃からのファンにして、頭の中に過去の試合やボクサーの名前が詰まっている。

毎週月曜日のTV観戦記の記事は公平な目での厳しい批評が面白い。世界戦代表的試合は殆ど欠かさずアップしています。

 

 

ロシア紀行( 二度のロシアの旅を振り返って 2度目 )

再びのロシア ( 2014年5月14日~23日 )

 

目的のその1はサンクト・ペテルブルグの国立植物園内にある日本庭園に新しく造ら

れた茶室に扁額を依頼され、その茶室開きと扁額の除幕式を行うこと。

扁額の名前「希望庵」が先方の希望で、要望に応じて作製しすでに送付済みである。

 

その2 は前回国立宗教博物館に寄贈した21点の佛画の展示が同館に於いて2ヶ月間開催されたが、その展示の折は作者本人が参加出来なかった為、今回2度目の展示の機会に

本人として立ち会う事になった。

 

その3は同館内で佛画についての講義を行って欲しいとの依頼である。

以上の3件の要請で、再度のサンクト・ペテルブルグ行きとなった。

 

今回は個人の旅で、山田みどりさんを含め計6人でのロシア行きである。山田みどりさんとは現地集合となった。

 

イ.フランスのドゴール空港を経由してサンクト・ペテルブルグに到着。

現地での移動は車で運転はマンドレィである。到着当日は国立植物園の内外、茶室開き

を翌日に控えた茶室の様子、除幕式の手順などの説明を受ける。

日本庭園の中に建てられた4畳半に水屋、3方を廊下に囲まれた一軒の茶室、屋根は島根県の石州瓦葺である。茶室の畳や周りの庭石等の出来上がりは、とても24時間後には茶室開きを迎えられるとは思えない状態だった。

 

2日目 茶室開き、扁額の除幕式の本番である。仕上がりは一夜にして見事な茶室と庭

に出来上がっていた。誰かがこれがロシアのやり方なのよ!と教えてくれた。

一行に先方からの依頼は着物着用であった為私は袴を着用、女性陣は着物姿である。

先ずは茶室開きの茶会、続いて扁額の除幕式が行われた。

当日は快晴。公益法人「日本サクラの会」委員長蓮見久子氏2014年の女王大野由佳氏や柔道の山下泰裕氏も参加。地元の議員等も来賓として参加して盛大に行われた。

亭主は友人の裏千家教授の石井宗翠さんである。

植物園内は他にもロシアの女性達が奏でるお琴の演奏会や、表千家の立礼の野点の茶席

等催し物が出ていて大盛況のようだ。山田さんが用意した着物をロシアの若い女性に着付けし10数人程が園内を巡って花を添え、行き交う人達の目を楽しませた。

 

ロ.そのあとすぐに国立宗教博物館に到着。館内には和田大諷のポスターが張り周らされており、会場には全寄贈作品が飾られていた。館長と面会し、講演が始まる。

原稿は予め送付済みであったが、始めてみると通訳の関係上予想以上に時間がかゝり、

予定の半分に切りつめて1時間程で終了。通訳は山田みどりさんと同館学芸員のセル

ゲイ氏である。

講演終了後中庭に仮設した舞台での墨のパフォーマンスの要望あり同館からの大判の紙と中程度の筆が用意されており袴姿でこれに応じた。見物客300人程。

パフォーマンス終了後、希望者には別に用意した筆、墨で実際に書の練習の時間を設けた。お手本は予め用意した書と其々好きなの日本語の言葉をその場で書いて渡した。

夜も暮れていたが白夜が始まっていて、まだまだ明るい。

 

ハ.翌日スケジュールにより、第83学校見学。ロシアでの学校は日本でいうところの小学校から高校までのことで、わたしたちの訪問を学校あげて歓迎された。

弓道の実技が行われ、弓道部の生徒たちが袴を穿いて試射を行った。第83学校の生徒は800人、内400人が日本語課の学生で弓道部の部員は80名であるとのこと。

当日は総領事も参加した。書の揮毫も頼まれ、学校内の柱に黒ペンキで書かされた。

当日は模様は翌日の新聞に写真入りで報道された、

 

ニ.マリンスキー劇場でバレエを観る。

1860年グリンカのオペラ「皇帝に捧げる命」で杮落しを迎え、その後リムスキー・コルサコフ、ムソルグスキー、チャイコフスキーの音楽がここで初めて演奏されガリーナ・ウラノワはここで芸術活動を始めた。アンナ・パブロワが踊りこの劇場の名声は高まった。当日バレエは「真夏の夜の夢」をみる。まずは劇場の外観は素晴らしく劇場内に入った

だけでその歴史を感じさせる豪奢な雰囲気、観客の気分を大いに盛り上げるものであった。それにつけても上野の文化会館の何とみすぼらしい事が思い比べてしまった。

劇場の前広場には来場者の車が数も多くしかもバラバラに向いて駐車しており、帰りは

どうするのかと他人事ながら心配してしまったが、それでも問題なく出て行ったのには

驚いた。

 

ホ.「ホテル・ラフマニノフ」 友人のオリガ夫妻の長期定宿にしているホテル訪問

イヴァン・ブーニン ロシアの作家(1870~1953、ヴォロネジ生れ)1890年代に詩人として出発。チェーホフやゴーリキの知遇を得てズナーニェ派に加わり小説「アントーノフのリンゴ」等執筆、10月革命後フランスに亡命、西欧世界にあってロシア文学の一つの主流の最も良き継承者として知られた。1933年ロシア人小説家として初のノーベル文学賞を受賞した。ブーニンが永く住んでいたホテルである。部屋の飾りや調度品、当時の楽器やタイプライター、絵などがそのまま置かれたレトロな気分が溢れるウィークリーマンションとして使用されている。お茶とお菓子をご馳走になった。

オリガ夫妻とは東京や京都で何度か食事を共にしている。オリガ夫人は墨絵を能くして新国立美術館でも何度か入選している実力者である。

 

ヘ.帰路への途中 オランダのアムステルダムに2泊。

国立美術館でレンブラントの「夜警」やフェルメールの数点、他を見てゴッホ美術館も

みた。あとは船で運河を巡り、骨董や生花の露天市、市街のそぞろ歩き、そこで見つけ

たレンブラントのミュージアムで買い物等、適当に見つけて入ったレストランでの昼食、夕食も実に美味しかった。

山田みどりさんとはアムステルダムの空港でお別れとなった。

 

ロシア旅行の感想は

1.街が整然として整備され夾雑さが全くなく格調高い建物が建ち並び調和が

  とれていて歩いていても気持ちが良い。

2.ネオンがほとんどなく夜の景色は美しい。

3.会った人は皆一様にやさしく親切であっる。

4.女性の大半がスタイル良く、美人であり、かつ小柄の人が多い。

5.食事について今回はツアーでない為に何を食べても美味で日本人の舌に合う

  ようである。

6.ウオッカもうまい。

                                  以上