和田 大諷

東京葛飾区金町在住

佛画・書・刻字・篆刻を制作

20数回の個展を都内、ひたちなか、ロスアンゼルス、サンクトペテルブルグで開く。過去の個展は展示会の項目をご覧ください。

 

次回鳩居堂での個展は2019年4月2日(火)から7日(日)の予定です。

 テーマのひとつが「紫式部日記」を紺紙銀泥の巻子にまとめたもので、これまでの文字より半分の細字にして上・下を一巻に纏めることが出来た。

なお 恒例の東大名誉教授大場 秀章先生の講演内容も「紫式部日記」と植物がテーマとなります。

 

著作 2014年2月

    「大諷の映画狂時代」

   2018年1月「大諷のへそ曲り

     読書日記」

 

ボクシングは若い頃からのファンにして、頭の中に過去の試合やボクサーの名前が詰まっている。

毎週月曜日のTV観戦記の記事は公平な目での厳しい批評が面白い。世界戦代表的試合は殆ど欠かさずアップしています。

 

 

私の好きな歌手 その4 マリオ・デル・モナコ 

その4.マリオ・デル・モナコ  (テノール歌手)

1917年7月イタリア フィレンツェ生れ。
さゝやかにデビューしたのは13歳。20歳の時にカヴァレリア・ルスティカーナの
「トウリッド」で正式にデビュー。甘く美しく歌う歌手ではなく、悲劇的な役柄が似
合う歌手といえる。「黄金のトランペット」と謳われた声は、特に「オテロ」「アン
ドレア・シェニエ」等にその魅力を遺憾なく発揮し、輝かしい歌声は当時のテノー
ルの人気をスティファーノと2分した。
カルーソーやジーリにみられたくずした歌い方はモナコやスティファーノにも色濃く
残っており、そうしなければ明らかにしえなかった何かを表現したかったのであろう。
1959年来日「オテロ」を上演した。デズデモナを歌ったのは新人のカヴィリウェラ・
トウッチで大柄で目の大きい歌手であり、予想外の健闘振りで、特に「柳のうた」は
彼女の実力の一端を見せた。この公演の成功によって一躍スターダムにのぼりかけた
が、抜きん出た歌唱力、舞台映えに今一つ欠けていたか、大成する事はなかった。

1961年再来日したモナコはレナータ・テバルディと「アンドレア・シェニエ」を熱
演した。2回の来日時は彼の絶頂期であり、見事な舞台であった。
モナコとデ・スティファーノは明日を考えないで歌う、その時はその歌に命をかけて
歌った歌手であり、その姿が聴く人々を感激させ、熱狂させずにはおかなかった源
であった。今は職業化した歌手のみで、命がけで歌う歌手は存在しない。