和田 大諷

東京葛飾区金町在住

佛画・書・刻字・篆刻を制作

20数回の個展を都内、ひたちなか、ロスアンゼルス、サンクトペテルブルグで開く。過去の個展は展示会の項目をご覧ください。

 

次回鳩居堂での個展は2019年4月2日(火)から7日(日)の予定です。

 テーマのひとつが「紫式部日記」を紺紙銀泥の巻子にまとめたもので、これまでの文字より半分の細字にして上・下を一巻に纏めることが出来た。

なお 恒例の東大名誉教授大場 秀章先生の講演内容も「紫式部日記」と植物がテーマとなります。

 

著作 2014年2月

    「大諷の映画狂時代」

   2018年1月「大諷のへそ曲り

     読書日記」

 

ボクシングは若い頃からのファンにして、頭の中に過去の試合やボクサーの名前が詰まっている。

毎週月曜日のTV観戦記の記事は公平な目での厳しい批評が面白い。世界戦代表的試合は殆ど欠かさずアップしています。

 

 

「ピラネージの黒い脳髄」 マルグリット・ユルスナール 著

ピラネージは1720年ヴェネッイアの石工を父に生れた。20歳の頃ヴェネッイア派の画
家ティエポロの工房に出入りしてヴェネッイア様式の影響を受けた。


やがてピラネージは銅版画を唯一の表現手段として、自分の制作主題をローマと思い定

めて、その後38年間描写的な何千もの彫版をローマで埋めつくすことになる。
彼は次第に多くのファンを獲得し、1767年クレメンス8世から爵位を授けられ、功なり
名を遂げた画家として生涯を閉じた。

 

しかし、ルネッサンスの画家たちが古代神殿を手本に描いた自分達の神殿や神殿の影と
した永遠の天空からの光とは異なるバックに負っている動物的な照明、超人間的な感覚

を示している。

彼は自分で建物の残骸をほじくり返し、調査し、建物の基礎工事の秘密に迫る考古学者

でもあった。
彼にとって廃墟の形象は帝国の栄枯盛衰や人の世のはかなさを強調し敷衍する為に働き
かけるのではなく、建物の持続、消耗について、建物の内部で石として長く生存し続け
る石塊の不透明な在り様について、冥想をうながすものなのだ。
ローマの尊厳は破れ崩れた円天井の中に生き残っている。
建物の威容と人間の高貴な重々しさを調和させようとは決してせずに、ローマで見つける
最もみじめなびっこやひどいせむしを描くのを好んでいたのである。
それまでローマの廃墟は教皇か王侯のコレクションに加えられるべき美術品の傑作が掘
り出される鉱山とみなされていた。

 

古代の異教的傑作上のしるしであったものをキリスト教の栄光に転化させることにのみ

新しい巨大建物(教会等)を建てる為に大理石材を求める石切場とみなされていたの

である。

ピラネージはその悲劇的な廃墟を銅版に彫り、その作品の流布によって大衆の変化と政

府当局の態度を変えさせる要因の一つとなった。

しかし、ピラネージの版画制作以降ローマの古建築の3分の1は破壊されている。

 

22歳で制作した14枚の版画シリーズ「牢獄」「グロテスク」は自由な建築的幻想が支
配する激情的な「幻想の牢獄」に於いてローマ的要素を大胆に結合した反理性的なもの
ゝなかにローマの実態を移し入れたのである。当時はほとんど評価されなかった。
後年これに手を加え現実の監獄や本物の拷問からとった細部をつけ加えている。
当初は純粋の量感と空間を描いた作品を修正している。
論者達はその後「幻想の牢獄」の16の図版を「狂気と錯乱を囲い込む中庭に追いやり」
とし反対にローマ古代遺跡に示される論理的論法の現実性と気品に敬意を払おうとする

評価と流行の変化によって、逆説的に「幻想の牢獄」こそこの大版画家が自由なまゝに

駆使しえた唯一の作品であるとして「古代遺跡」「景観」を単なる売れる作品とみなし

て低く評価するやり方もみられたのである。

 

ピラネージが何故この主題と18の版画からなる一連の傑作を作ったかは定かでない。
しかし「牢獄」の銅版画の力強さと不気味さは巨大な迫力で私達に迫ってくる。
ゴヤの「戦争の惨禍」の銅版画集と云いヨーロッパには突然として美の巨人が出現する
ようである。