木絲蔵の思い出

92年春頃、金町在住の友人から看板を依頼された。彼の姉が趣味の店を始めるので作って欲しい、名前は「木絲蔵」大きさも書体も特別に要望はないとの事、板は北海道産の目の詰まった桂材、縦70cm横30cm厚さ3cmの美材を使い、表用に隷書の陰刻で顔料は辰砂を用いて、室内用としてはずっと小振りの板に陽刻の平仮名でと2枚作成し以来17年間掲げ続けた。店舗はビルの1階で京成立石駅から5分の線路沿いにあり、木工工芸品、手染め毛織物、パッチワーク小物、額、陶器と様々で各作家と直接交流しながら品物を置いている。

店を始めるにあたりテーブル、椅子等を岩手県岩泉町の工房、純木家具の工藤宏太氏に依頼「木絲蔵」を屋号としたが大木さんは「蔵にはいろいろな物が入っているイメージがある」と言う。交流の輪が拡がり個人やグループ等の作り手から集めた品が並んだ。

又店頭にはお嬢さんの描いたイラストがカレンダーを始めとして店の至る所にみられた。

店主の大木きよみさんは以来私の個展には必ず顔をみせて作品を買ってくれたがそのうちに10点を越え夫の貞一さんは「仕事の事務所に飾っていたが狭くなって飾るところが無くなってしまって事務所を建て直す事になった」と語っていた。店に置いてもらった「十一面観音像」を描いたサム・ホールをみて葛飾区美術会、及、葛飾現代書展の役員が個展会場に足を運びこれが縁となって私は両会の会員となって現在に至っている。

店は初めから採算がとれずにそれを半ば承知で続けていたが両人の老齢化に従い15年程で閉店する事となった。

大木さんから頂戴した保多織の作務衣は剥げてボロボロになるまで愛用した。