和田 大諷

東京葛飾区金町在住

佛画・書・刻字・篆刻を制作

20数回の個展を都内、ひたちなか、ロスアンゼルス、サンクトペテルブルグで開く。過去の個展は展示会の項目をご覧ください。

 

次回鳩居堂での個展は2019年4月2日(火)から7日(日)の予定です。

 テーマのひとつが「紫式部日記」を紺紙銀泥の巻子にまとめたもので、これまでの文字より半分の細字にして上・下を一巻に纏めることが出来た。

なお 恒例の東大名誉教授大場 秀章先生の講演内容も「紫式部日記」と植物がテーマとなります。

 

著作 2014年2月

    「大諷の映画狂時代」

   2018年1月「大諷のへそ曲り

     読書日記」

 

ボクシングは若い頃からのファンにして、頭の中に過去の試合やボクサーの名前が詰まっている。

毎週月曜日のTV観戦記の記事は公平な目での厳しい批評が面白い。世界戦代表的試合は殆ど欠かさずアップしています。

 

 

7月26日付け朝日新聞 旅館 奈良「江戸三」

都ものがたりとして小林秀雄がデビュー前に滞在した料理旅館「江戸三」が紹介されて

いる。小林が友人中原中也の愛人長谷川泰子を奪ってその後中原、泰子との三角関係が

始まり、小林は次第に泰子の「潔癖症」に耐えられなくなり関西へと逃れる。


志賀直哉の紹介で滞在したのがこの「江戸三」で、ここを拠点に関西各地を出歩いた。

宿代は志賀直哉が払ったと云われている。「江戸三」は1907年創業、当時は料亭であったが戦後旅館業も兼ねるようになる。

多くの文人墨客が訪れ小出楢重、堂本印象、尾崎一雄等が滞在している。


「江戸三」は奈良公園の中に10数軒の離れからなる旅館で、私達夫婦も50年程前に宿泊
しているが、当初から相当に傷んでいた事と、料理旅館の割には料理もさほどでなかっ
た事を覚えている。

 

翌日はやはり奈良公園近くの日本旅館の「観鹿荘」に宿泊したが、そこの床柱が昭和29年の法隆寺大改修の古材を使用して、その床柱の中程に接いだ跡が大きく残っていた事

と料理が仲々だった事を思い出す。

 

此処で奈良焼きの茶碗を譲ってもらい現在も愛用している。