和田 大諷

東京葛飾区金町在住

佛画・書・刻字・篆刻を制作

20数回の個展を都内、ひたちなか、ロスアンゼルス、サンクトペテルブルグで開く。過去の個展は展示会の項目をご覧ください。

 

次回鳩居堂での個展は2019年4月2日(火)から7日(日)の予定です。

 テーマのひとつが「紫式部日記」を紺紙銀泥の巻子にまとめたもので、これまでの文字より半分の細字にして上・下を一巻に纏めることが出来た。

なお 恒例の東大名誉教授大場 秀章先生の講演内容も「紫式部日記」と植物がテーマとなります。

 

著作 2014年2月

    「大諷の映画狂時代」

   2018年1月「大諷のへそ曲り

     読書日記」

 

ボクシングは若い頃からのファンにして、頭の中に過去の試合やボクサーの名前が詰まっている。

毎週月曜日のTV観戦記の記事は公平な目での厳しい批評が面白い。世界戦代表的試合は殆ど欠かさずアップしています。

 

 

「故国祖国」 鄭貴文著 読む

「故国祖国」 鄭 文著 創生社 83年1月10発行

主人公 仁女(イニョ)は在日朝鮮人として3人の子供を育て、メチール混りの焼酎と濁り酒を密造し、当時日本人の食べなかった牛の臓物(ホルモン焼)を扱って居酒屋を営む。戦後朝鮮の解放と統一にうつつを抜かす夫をかかえて生活を支えてきた。

 

やがて朝鮮半島が南北に分断され、在日朝鮮人も分裂、破壊、混迷の度を深め、

南北の憎悪を強めていった。

仁女一家は、北側の朝鮮人連盟を選択し、子供達を朝鮮人学校に通わせて大学まで教育

を受けさせるのである。

仁女もハングル語を学び、子供も「民戦」系に通わせる事で革命一家と認定され、組織

の副委員長に祭りあげられる。

 

北側の「民戦」と南の「民国」とは激しく対立し憎しみ合う。

やがて「民戦」の内部は厳しい統制が行われ、あたかも戦前の日本のような事態となり、金日成の神格化と硬直した官僚主義が横行するようになる。

祖国復帰運動の始まり、そのうちに上部から学校に指令が届いて、半ば強制的に学生が大量に帰国させられるようになる。

 

帰国した人達からは日本に残る親族に手紙が届くが、検閲を受けたあとにも拘らず、その実態たるや惨憺たるもので、北朝鮮政府の宣伝とは全く異なるものであったのである。

一旦出国した場合は国交がない為に日本への入国は出来なかった。

 

1962年制作の浦山桐郎監督作品「キューポラのある街」早船ちよ原作で大不況の日本の中で在日朝鮮人の祖国復帰運動が生々しく描かれている。

1960年代の半ばに来た朝鮮の映画「千里馬」(チョンリマ)が上映されて社会主義が貧しくとも平等な社会が謳歌されていた。

更に当時北朝鮮の博覧会が東京で開催されて、それは「金日成将軍」一色のものであって、その肩書きの長さに驚嘆したのを思いだす。

 

流れる歌は「キンミルソンチャングーンはつつじが好き、つつじよもっともっと赤く咲け」といった金日成に対する個人崇拝そのものであった。

又、並べられた商品の品質からも宣伝とはかなりの隔たりを感じたが、貧しくとも差別のない社会がそれなりに成り立っていると納得した事を思い出す。

 

思えば個人崇拝と、国民の平和、民主主義とは全く相いれないものである事を今になって改めて認識する次第であるのは恥しいかぎりである。