和田 大諷

東京葛飾区金町在住

佛画・書・刻字・篆刻を制作

20数回の個展を都内、ひたちなか、ロスアンゼルス、サンクトペテルブルグで開く。過去の個展は展示会の項目をご覧ください。

 

次回鳩居堂での個展は2019年4月2日(火)から7日(日)の予定です。

 テーマのひとつが「紫式部日記」を紺紙銀泥の巻子にまとめたもので、これまでの文字より半分の細字にして上・下を一巻に纏めることが出来た。

なお 恒例の東大名誉教授大場 秀章先生の講演内容も「紫式部日記」と植物がテーマとなります。

 

著作 2014年2月

    「大諷の映画狂時代」

   2018年1月「大諷のへそ曲り

     読書日記」

 

ボクシングは若い頃からのファンにして、頭の中に過去の試合やボクサーの名前が詰まっている。

毎週月曜日のTV観戦記の記事は公平な目での厳しい批評が面白い。世界戦代表的試合は殆ど欠かさずアップしています。

 

 

ジョルジュ・シムノンの作品を3つ

シムノンは1903年生れのベルギーのフランス語作家である。

 

1.「メグレ警視と生死不明の男」1952年シムノンの最も油ののった

                             時代の作品である。

無愛想な刑事と渾名の変人ロニヨンの夫人からメグレに電話が掛かり、夫が姿を消して

同じ頃にロニヨンのアパートにギャング2人が侵入、暴力は振わずに何かを探していたが、見つからずに退却したという。暫くしてロニヨンからの報告によると、街角で殺

人を目撃し犯人を追ったが、見失いその間に被害者も姿を消していて、ロニヨンは犯人

のあとを追っていると言う。
メグレの探査が始まったが、事件の真相は闇の中で行き詰まるが、やがてギャングはア

メリカの組織の連中で、彼等にとっての重要証人を消すことが目的である事が判明する。
彼等はフランスの犯罪者達とは全く異なりはるかに組織的、暴力的、かつ知能的でメグレは散々に翻弄される。
フランスの闇の世界の関係者からは「手を出さない方が貴方の為で、とても手に負える

連中ではない」と忠告される。最後にアメリカ地方検事補が、負傷した証言者を確保するために救出したことが明らかとなり、やがて犯人逮捕に至る。


シムノンの作品では珍しいアメリカの犯罪者が描かれ、アメリカ社会の荒廃振りもそれ

となく批判されており犯罪もフランスとは全く異なるスタイルである事が浮き彫りにさ

れる。アメリカに比べればフランスの犯罪はアマチュアであり、それを相手にするメグレが勝つのは当然だ。

またフランスの市民生活とメグレの日常生活が克明に描写されて、作品の奥行きを深く

しており、単なる推理小説の域を超えている。

 

同時期の作品「メグレ罠を張る」はジャン・ギャバン主演で「殺人鬼に罠をかけろ」の
題名で映画化もしている。

 

2. 「片道切符」1942年作

女の為に殺人を犯して仮釈放中のジャンは行くあてもないまゝガタガタとやって来た

バスに乗り、未亡人タチの荷物を降ろすのを手伝いそのまま彼女の家に居付く。

家には亡夫の父親が半分呆けて同居しており彼女が時折自分の身体を与えて家に止まら

せているのは亡夫の兄弟が父親の遺産となる家を取戻そうと企んでいる為で、義父を彼

らに奪われることは彼女にとって死活の問題であるからだ。

遺産相続をめぐって殺気だった争いの中で、タチは負傷しベットに身を横たえる事と

なった。タチの姪で子持ちの小娘フェリシーと密会するジャンに対し彼が唯一の味方となった寝

たきりのタチは猜疑心と嫉妬で毎夜ジャンを責め立てる。
生きる目的を失っているジャンはフェリシーとの仲を認め、狂乱したタチを金鎚で殴殺

するのである。
やがて憲兵がやってきてジャンは「殴らないでくれ」と懇願する。


発表当時に同じく出版されたカミュの異邦人と類似点が論壇で喧伝されたが、シムノン

の熱狂的ファンであったアンドレ・ジイドは「彼は現代フランスで最も偉大な真に小説家らしい小説家で異邦人と比してもより優れている」と評している。

シムノンはフランスはもとより世界中にファンを有する作家であり、中でも私の好きな
一作は犯罪を目撃して犯人から脅かされる帽子屋の男の現実か幻覚の判別出来ない恐怖

を描いた「帽子屋の幽霊」1949年作をあげたい。

 

3. 「メグレ罠を張る」 
8月パリは4分の1程の市民しか残っていなかった。パリの20ある区のうちたった1つのモンマルトル区内で相次いで5人の若い女性が襲われ殺害される。

いずれも街中で全く手掛かりがない、窮地に立たされたメグレ警視は犯人を誘い出すべく綿密な計画をたて、全市に罠を張り巡らすのである。うち何人かの婦人警官も囮に使う

危険な手段である。しかし犯人はその罠にかゝる囮の婦人警官を襲うが失敗。

包囲網を敷いた警察の追跡を振り切って逃げ果せる。婦人警官の手にボタンと糸、服地の切れ端が残される。これを足がかりに、その出所を全力で調べ、ついにその購入者にたどりつく。服はタバコの焼けこげの為に浮浪者に与えて処分したと言う。
30代前後のデザイナーで既婚者である。踏み込まれた2人に全く動揺はみられない。

しかしやがて容疑者の生い立ちと生活、妻及び母親の中に黒々とした闇の世界が浮かび上がってくるのである。日常生活を何の変哲もなく過ごしている人の心の中がおどろおどろとして炙り出されてくるのだ。


記述の中に「グラン・ゾキュスタン河岸のあるカフェレストラン店の入口は黄色に塗られていて、下に降りる階段が2段あり、内部はまるで穴倉のようにひんやりしていた。

壁には石盤がかゝっていて、白墨でメニューが書いてあり、空気はいつもカルヴァドスの匂いがしていた」等と書き込まれておりパリの風景が色濃く表現されている。


メグレ、部下の刑事達、囮の婦人警官、新聞社の記者やカメラマンの面々、犯人とその妻、母親が実に巧みに書かれている。
ムシノンは1903年2月13日ベルギー東部の都市リュージュに生れ20歳でパリに出ている。彼は億を数える出版数を持つ人気作家で、世界中に読者を有している。推理作家

であるがその範疇に入らず現代フランス文学史に欠くことが出来ない作家の一人と評

される。

文壇の長老アンドレ・ジイドは「シムノンは大作家であり多分最大の最も小説家らしい

小説家として認める」と言明している。
シムノンはバルザック以来の人間描写の伝統と人間の運命を掘り下げて追求した作家

である。

メグレものゝ中でもこの作品が多分最も多く読まれたものであろう。