和田 大諷

東京葛飾区金町在住

佛画・書・刻字・篆刻を制作

20数回の個展を都内、ひたちなか、ロスアンゼルス、サンクトペテルブルグで開く。過去の個展は展示会の項目をご覧ください。

 

次回鳩居堂での個展は2019年4月2日(火)から7日(日)の予定です。

 テーマのひとつが「紫式部日記」を紺紙銀泥の巻子にまとめたもので、これまでの文字より半分の細字にして上・下を一巻に纏めることが出来た。

なお 恒例の東大名誉教授大場 秀章先生の講演内容も「紫式部日記」と植物がテーマとなります。

 

著作 2014年2月

    「大諷の映画狂時代」

   2018年1月「大諷のへそ曲り

     読書日記」

 

ボクシングは若い頃からのファンにして、頭の中に過去の試合やボクサーの名前が詰まっている。

毎週月曜日のTV観戦記の記事は公平な目での厳しい批評が面白い。世界戦代表的試合は殆ど欠かさずアップしています。

 

 

神奈川県立近代美術館で松本竣介展みる

1998年10月 没後50年の松本竣介展が練馬区立美術館で行われて以来、18年振りの生誕100年記念展である。この時の作品群の方が作品も多く充実していた。

松本竣介は1912年東京渋谷で生れ、少年時代は岩手で過し、中学時代に聴力を失って画家を志すようになり、1929年上京。1935年頃から都市風景を描き始める。

彼が最も影響を受けた画家はジョルジュ・ルオーであったようで1935年22回二科展入選の建物にその傾向が色濃く現れ始めており、1936年2月の婦人像2点はまさにルオーの作風となっている。その後次第に青を基調とした薄い絵具の重り合う独得の美しい間チュールが特徴となる。この頃の松本竣介は誠に美しい。この作品群は1938~40年に集中しやがて1941年12月の橋(東京駅裏)が発表されるのだ。今回の展覧会白眉の一点であり、沈んだ茶色と黒、灰色で仕上げられた彼の代表作ではないかと思われる。その後工場やY市の橋等都市の建物がこの色調でくり返し描かれることとなり1948年6月8日、心臓衰弱の為死去する。前回には見なかった自分の子供を中心とした子供を描いた作品も多く展示されてそれぞれ可愛いい。

東慶寺へ

12月4日は晴れて風もなく行楽日和で東慶寺も多くの参拝者で賑わっていた。紅葉が美しく墓苑には安倍能成、出光佐三、岩波茂雄、小林秀雄、田村俊子、西田幾太郎、前田青邨等の墓があるが大伽藍はなく、宝物も極めて少ない。宝物館には駆込み寺として当時の書類が数点寂しく陳列されていた。