和田 大諷

東京葛飾区金町在住

佛画・書・刻字・篆刻を制作

20数回の個展を都内、ひたちなか、ロスアンゼルス、サンクトペテルブルグで開く。過去の個展は展示会の項目をご覧ください。

 

次回鳩居堂での個展は2019年4月2日(火)から7日(日)の予定です。

 テーマのひとつが「紫式部日記」を紺紙銀泥の巻子にまとめたもので、これまでの文字より半分の細字にして上・下を一巻に纏めることが出来た。

なお 恒例の東大名誉教授大場 秀章先生の講演内容も「紫式部日記」と植物がテーマとなります。

 

著作 2014年2月

    「大諷の映画狂時代」

   2018年1月「大諷のへそ曲り

     読書日記」

 

ボクシングは若い頃からのファンにして、頭の中に過去の試合やボクサーの名前が詰まっている。

毎週月曜日のTV観戦記の記事は公平な目での厳しい批評が面白い。世界戦代表的試合は殆ど欠かさずアップしています。

 

 

「ハドリアヌス帝の回想」 著者 マグリット・ユルスナール

60才になったハドリアヌスは後継者に手紙を書く。いわば遺言書のようなものだ。
先帝トラヤヌスはネルヴァの養嗣子でスペイン出身。皇帝に就任するや、軍隊の再編成、訓練や規律の斬新的引き締めを行い、軍隊内部の停滞を一新、彼の美徳は規律というまったく軍隊的な概念の助けによって国家の秩序の何たるかについての観念を得ていた点にあった。 生活振りは地味であり24才年上の従兄に当り、ハドリアヌスに対しても特別扱いはしなかった。老齢化したトラヤヌスはそれでも依然として後継者を定めることなく、後継者を巡って暗闘が続き、ハドリアヌスもいつも裏切りと、暗殺の危険にさらされていたのである。

 

トラヤヌスの死去に当り、トラヤヌスの后であり同年配で唯一の女友達プロティナの信頼を受けていたことから、その協力のもと嗣子に指名され、無事皇帝となるや、すぐさまトラヤヌス帝による東方征服の成果を総て放棄、パルティヤ人にはその独立、君主を選出するのを許し、アルメニア、メソポタミア、アッシリアなどの属州からは一切のローマ軍守備隊を撤収、トラヤヌス帝の軍事拡大路線を修正した。


ハドリアヌス帝は行動の人であり、ほとんど休むことを知らない旅行の連続で、また軍人、政治家、学者など様々な素質にも恵まれていた。

季節や風土にも拘らず、徒歩で各地を歩み廻り、その治政中に帝の巡幸を受けなかった帝国属州は一つとしてなかったのである。

そしてギリシャの美少年アンティノウスとの出会いである。ハドリアヌスは彼を愛した。「彼は若い犬のような無限の能力をもっていた。愛情と命令を欲しがるこの美しい猟犬はわたしの生活に入り込み、そこに寝そべった。 愉悦や尊崇の対象以外のあらゆる事柄に対する彼のほとんど傲然たる無関心ぶりをわたしは感嘆した。彼の美しさについて何も語っていないとしても、そのあまり完全に征服されてしまった男の故意の沈黙をみてはなるまい」
「この年月を回顧すると、黄金時代をそこに見いだす心地がする。すべてはたやすく、昔日の努力はほとんど神々しい安楽さによって償われていた。旅は遊びであり、統制され、熟知され、巧みに実行される遊楽であった。絶え間ない執務も逸楽の一様態に過ぎなかった。私の人生は権力も幸福もみなおそまきに得たものだが、いまや正午の壮麗さを帯び、室内の静物も、かたわらに身をのばした肉体も、万物が金色の大気に湯あみする午睡のひとときのように陽光に輝きわたっていた」

 

能力も人格的にも勝れた皇帝が続いた96~160年に亘って、ネルヴァ、トラヤヌス、ハドリアヌス、アントニヌス・ピウス、マルクス・アウレリウス、アントニウスの時代は

パスク・ロマーナ(ローマの平和)と云われ稀な時代であり、皇帝の多くはカリギュラ、ネロ、カラカラやアントニウスの息子コンモドウスのような暴帝や無能な人物も多く、やがて広大な支配地を統制しきれなくなりローマは分割され、各副帝も置いて、4人の分割支配が始まり、統一性も失われていくのである。


コンスタンテヌス大帝(キリスト教徒の誇称)によってキリスト教が解禁され、保護されるようになると、キリスト教徒による多信教への攻撃、迫害が始まり、キリスト教徒内でも内紛も激しさを増し、ローマの退潮に拍車をかけることになる。

大帝は自己保身の為、息子を始め、親族を悉く殺害、残った甥ユリアヌスは成人するまで半ば幽閉され、その後僻地の苛酷な戦地に追いやられる。成人するまで哲学を中心として学問に没頭して育ったユリアヌスは軍事にも才能を発揮し、皇帝に推されるや、自己犠牲を発揮、職務に邁進、キリスト教を禁止し、旧来のローマの神々を復活させて、昔のローマの再現を計る為に努力するが短期の任期中に暗殺される。キリスト教徒は彼を背教徒と呼んだ。千年続くローマも崩壊に向うのである。

 

ギリシャのペリクレスは紀元前400年代に(アテネでは18才以上の全市民で構成された民会が国政の最高機関となっていたが)「民主政治は有能な指導者がいなければ崩壊すると」語っている。

 

またワイマール憲法のもとヒットラーが生れたように、衆愚政治が生まれ、国民生活の壊滅を及ぼす事が現実にあることを世界中に知らしめた。

ローマ民主政の時代、権力の暴走に歯止めをかけるべく、約600人の元老員議員を備え、行政の執行者として2人の執政官を任命し、単独者の専制を防ぎ、緊急事態に対処するため、短い任期の独裁官の制度をつくり、更に市民集会で選出された護民官制度もつくり、護民官は拒否権を持っていた。
ローマの人々は権力がいかに暴走するものであるかを熟知していたのである。

 

現在の安倍政権の権力的暴走振りは言葉とはうらはらに、安保法制を丁寧に説明するこ

とは一切なく、戦争の出来る国へと暴走している。1000兆円を超える借金財政と、

日本を壊滅する危険を孕む原発を、おしすすめる事はやめる事なく、ファシズムとも言

うべき言動を強めているとき、ハドリアヌスの知性とその高潔な人格をしみじみ感ずるものである。
国は指導者の能力と、資質と、人格によることが大きいのだ。