和田 大諷

東京葛飾区金町在住

佛画・書・刻字・篆刻を制作

20数回の個展を都内、ひたちなか、ロスアンゼルス、サンクトペテルブルグで開く。過去の個展は展示会の項目をご覧ください。

 

次回鳩居堂での個展は2019年4月2日(火)から7日(日)の予定です。

 テーマのひとつが「紫式部日記」を紺紙銀泥の巻子にまとめたもので、これまでの文字より半分の細字にして上・下を一巻に纏めることが出来た。

なお 恒例の東大名誉教授大場 秀章先生の講演内容も「紫式部日記」と植物がテーマとなります。

 

著作 2014年2月

    「大諷の映画狂時代」

   2018年1月「大諷のへそ曲り

     読書日記」

 

ボクシングは若い頃からのファンにして、頭の中に過去の試合やボクサーの名前が詰まっている。

毎週月曜日のTV観戦記の記事は公平な目での厳しい批評が面白い。世界戦代表的試合は殆ど欠かさずアップしています。

 

 

京都 雪見灯篭探しの旅 2月25日~28日

2月25日

←(西村石灯呂店 奥様)
2014年4月1日付 朝日新聞に掲載された「イサム・ノグチと京工芸」の記事を頼りに京都左京区北白川の西村石灯呂店、古代形石灯呂創作所を尋ねた。ハーバード大のデビット氏の雪見灯篭が欲しいとの要望にこたえるためである。北白川は嘗て白川石という質の花崗岩産地で、奈良石、六甲の本郷御影石と共に古くから「三銘石」と並び称された。平安遷都の頃から都や寺社の造営に使われたという。現在は採掘されていないが明治中期までは9割方の家が石に関わる仕事をしていた。4代目金造氏が生まれた13年には1割に減り、現在は3軒しか残っていない。西村灯呂店は光弘氏で6代目という。800坪の敷地は比叡山の自然林に覆われ、斜面に夥しい石塔籠が並んでおり、中に古い時代の遺品も紛れ込んでいて、創作品と見分けがつかない。訪問時は光弘氏の夫人が1人留守しており、案内と説明をしてくれた。目ぼしい灯篭は写真に撮り値段を付けて送ってもらう事とした。
店の前から1時間に1本のバスで銀閣寺通りで下車、哲学の道を歩き、銀閣寺から法然院による。見る事の出来るのは庭のみで建造物は非公開である。50年ほど前に谷崎潤一郎の墓「寂」一文字をみた記憶がある。
ノートルダム女学院の建物をみて哲学の道で野良猫に餌をやる人を横目に若王子町を散策、雰囲気のある町屋が並び永観堂の前を通って南禅寺三門に至る。疎水を眺めて本日は終了。

 西村石灯呂店 

西村石灯呂店 2


西村石灯呂店3

 銀閣寺 銀沙灘と向月台

 ノートルダム女学院

 銀閣寺全景

 法然院 入口

ノートルダム女学院 2014年花の甲子園準優勝 


 哲学の道 野良猫に餌をやる人

 永観堂 山門


 南禅寺三門

琵琶湖疏水


 南禅寺三門にて

 琵琶湖疏水 橋げたのトンネル




2月26日 

← (尾形光琳 曲水の庭)
如心寺の三門で15羅漢をみ、塔頭寺院の衡梅院を見学。公開は6年振りという内部を見ることが出来た。
庭は枯山水であったが荒廃して、後年木を植えて現在の姿となったもの、江戸初期再建の方丈には狩野派による「龍虎羅漢図」や獅子図の障壁画があり、禅寺には珍しい茶室「長方庵」の天井が楠の木の一枚皮で張られてているのが珍しい。次は堀川寺の内の妙顕寺「龍華飛翔の庭がみごと、尾形光琳ゆかりの寺で「寿老松竹梅三幅対、(光琳筆)が展示されていた。酒井抱一の軸は都合により可能山楽の山水屏風に替わっていたが、
良い作品である。光琳曲水の庭の赤松の巨木が目をひく。本法寺、日蓮宗僧侶によって開かれた日蓮宗の本山、秀吉の聚楽第建設に伴って、現在地に移転したもので同時代の本阿弥光悦の菩提寺で、この移転に伴って私財を投げ打って力を尽したという。

光悦の造ったとされる「巴の庭」は室町期の影響を残す名庭として名高い。 又等伯筆による巨大な仏涅槃図があるが見学できるのは模写。


2月27日

←(龍安寺石庭)
観光バスに乗る。1龍安寺の石庭と西の庭、仏殿は総桧造りで木が香りがする。台湾桧でつくられている。
中の佛像も庭も見るべきものはない。石庭は相変わらず素晴らしい。
2.仁和寺、金堂、経蔵、経蔵には8角形の回転式経巻棚がそびえて、壁画も色彩をとどめて美しい。五重塔も良い。3.清水寺の成就院の名勝「月の庭」、これは月の夜見るべきものである。4.東寺五重塔は家光が再建、高さ55mで国内最高の木造塔で内部は大日如来に見立てた心柱を囲んで4如来と八菩薩が安置されている。しかし見るべきものは講堂に居並ぶ密教美術の宝庫と云うべき佛像による立体曼荼羅の世界が圧巻である。金堂の薬師三尊像と並んで今回の一番の見ものであった。

仁和寺

  清水寺 大門


 清水寺 成就院

    東寺 五重塔