「日本の歴史をよみなおす」網野 善彦著

網野は日本中世の荘園制度を中心とした中世の歴史を専門とする歴史学者である。
本書はこれまで常識とされてきた日本史像、日本社会のイメージの偏り、誤りを正すことを目的とした一般書としてやさしく、解き明かした啓蒙の書である。


先ず日本の識字率から始まり、江戸時代の識字率は平均して40%まであった。

江戸に限っては70%、又税金は江戸時代、村請制といわれて、村は自治的に年貢を請負っており、こうした体制は文字と数字を百姓たち自身が使えなくては成立せず、このような意味で、村の成立と文字の普及は不可分の関係にあること。多くの人々が数字、文字を駆使し、自治を保っていた。文字の使用は律令国家の成立が下からの文字の自発性を呼びおこしていったのである。

 

江戸幕府は、もっとも徹底した文書主義をとっていた。商業、交易について、モノとモノとを商品として交換するのは14世紀に入って、贈与互酬の関係から市場が立つことによって日常の世界での関係の切れた「無縁」の場として成立してきたと説く。

更に、神人(ジニン)、供御人(クゴニン)と言われる商工業者は市場から市場へ全国的に遍歴したが、天皇、神や仏に直属して交通税を免除され、全国自由通行の特権を保証されていたこと、すべての人民を戸籍に載せるという制度であった律令国家は8世紀に動揺をしはじめ、国家の規制力が弱まって、浮浪、逃亡する人が沢山出てきて、重病を負った人を捨てる等政治上大きな問題になってきた。その救済の為に国家は悲田院、施薬院という施設をつくる。律令国家はこうした人々を国家の力で救済しようと図る。

 

天皇と日本の国号についても7世紀の後半、律令制度の確立した天武、持統のころ天皇の称号とセットになって日本という国号が定まって、これ以前には日本も日本人も実存していないと断定している。
縄文人、弥生人はもちろん、聖徳太子も「日本人」ではない。日本列島には複数の国家があり、北海道と沖縄はもちろん東日本も別の国家があり、10世紀の天慶の乱で東国は京都の統治権から完全に離脱している。


「日本は単一民族」との通説は全くの誤りと述べている。「日本の社会は農業社会か」の章では高校の日本史の教科書を取り上げ、江戸時代の項で「封建社会では農業が生産の中心で農民は自給自足の生活をたてていた」の記述に秋田藩の身分別人口の構成を円グラフにして農民76.4%、町人7.5%、武士9.8%、神官・僧侶1.9%等となっているが商工業者、漁業、塩業、林業の叙述はなく、百姓は農民という理解が誤りであったと指摘している。律令国家は6歳以上の男女全てに一定面積の水田を与えそれを課税の基礎にして、租・庸・調を定めた。しかし海、山を中心とした住民にまで水田を与えようとし遠方に水田を与えているが不可能なことであった。

水呑みといわれた農民は輪島での調査によると71%に及び、漆器職人、海船問屋、大商人等で構成され、水呑みを貧農と思い込んだ為に大きな誤りを犯していたと指摘している。

その他、金融、裁判等実に幅広い分野で、江戸時代の大半は農民との常識は覆されており、格好の読み物となっている。
尚興味があれば網野善彦著作全18巻別巻1が出ている。(岩波書店)