「マルクスは生きている」を読む 不破哲三著         平凡社新書

不破哲三著のこの本の中で「マルクスは資本論の”労働日”の編で労働日(一日の労働時間)の無制限な延長が「人民の力の生命源」をおかし、労働者の肉体と精神の「退化」を生みだし、結局は資本主義経済の土台を掘り崩すことを鋭く指摘した上で、資本家階級がそのことにあえて目をつぶってひたすら労働日の延長に走るのは何故かという問題について、次のように答えています。

 

「大洪水よ、わが亡きあとに来れ!」これが全ての資本家国家のスローガンである。それゆえ、資本は、社会によって強制されるのでなければ、労働者の健康と寿命にたいし、なんらの顧慮も払わない。肉体的、精神的な萎縮、早死に、過度労働の拷問に関する苦情に答えて資本はいう。われらが楽しみ(利潤)を増やがゆえに、われら、かく難苦に悩むべきなのか?と。

しかし全体として見ればこのこともまた、個々の資本家の善意または悪意に依存するものではない。

自由競争は、資本主義的生産の内在的な諸法則を、個々の資本家にたいして外的な強制法則として通させるのである。(第一部第三編第八章)

 

まず「大洪水よ、わが亡きあとに来れ!」のスローガンです。

この言葉は、フランス革命の前に国王ルイ15世の愛人ポンパドゥール夫人がいった言葉だとされています。フランス王室の大浪費がフランス革命の原因の一つになるのですが、「こんな贅沢三昧をやっていると財政が大破綻をきたします」と忠告されたのに対し「そんなことは私の知ったことじゃないわ。大洪水(財

政破綻)が来るなら、私が死んでからにしてよ」といったというのです。

結果に責任を負わない利潤第一主義の無責任さは、戦争を行う国にする為と、歯止めなしの敗政を続ける安倍政権、原発推進を強行しようとする国民生活破壊に狂奔するのと全く同じように見える。

 

更にルールなき資本主義の国日本として「サービス残業」「過労死」「派遣による現場労働者の予備軍化」の問題等から先進資本主義でも例を見ない「ルールなき資本主義日本」の実態を指摘している。

改めて日本の現状をみるときの著者の分析は的確である。

 

今後著者にはソ連を始め東欧諸国で経験した社会主義の実験の失敗を科学的に分析されることを切に望みたい。今日まで幾度となく取り上げられているが、極めて不十分であるとの感は否めない。