和田 大諷

東京葛飾区金町在住

佛画・書・刻字・篆刻を制作

20数回の個展を都内、ひたちなか、ロスアンゼルス、サンクトペテルブルグで開く。過去の個展は展示会の項目をご覧ください。

 

次回鳩居堂での個展は2019年4月2日(火)から7日(日)の予定です。

 テーマのひとつが「紫式部日記」を紺紙銀泥の巻子にまとめたもので、これまでの文字より半分の細字にして上・下を一巻に纏めることが出来た。

なお 恒例の東大名誉教授大場 秀章先生の講演内容も「紫式部日記」と植物がテーマとなります。

 

著作 2014年2月

    「大諷の映画狂時代」

   2018年1月「大諷のへそ曲り

     読書日記」

 

ボクシングは若い頃からのファンにして、頭の中に過去の試合やボクサーの名前が詰まっている。

毎週月曜日のTV観戦記の記事は公平な目での厳しい批評が面白い。世界戦代表的試合は殆ど欠かさずアップしています。

 

 

金泥の第一人者福島久幸氏の訃報に接し 

静岡県清水市在住で金泥の書を書き続けてきた福島久幸さんが亡くなった。

平成26年8月25日享年92歳であった。

卆寿を迎えた平成24年2月25日、清水市において金泥フォーラム主催の福島さんの金泥作品の大展示会が開かれ、巻子、折丁の作品が数多く開げられた。

講演会も行われ、200人程の参加者を前にして、マイクも使わず1時間半に及ぶ話を立ったまま続けられた。90歳までは午前中は職業である歯科医としての仕事を、午後からは金泥の書をと云う生活を貫き、90歳を境として仕事は娘さんに譲って、今後は書にのみ専念するのだと楽しげだったのを思い出す。

 

このときの記事は平成24年2月26日ブログに掲載。

 

さらに平成24年7月27日ブログに日本経済新聞に紹介された福島さんと金泥の

記事を掲載してます。

 

金泥の文字を書く在りし日の福島久幸さん 
金泥の文字を書く在りし日の福島久幸さん 
左は福島氏より直接贈られた著作である 千年耀く文字を求めた本である
左は福島氏より直接贈られた著作である 千年耀く文字を求めた本である

金泥の作品の一部
金泥の作品の一部

福島さんは1989年1月奈良国立博物館に所蔵される国宝「金光明最勝王経」を見た。紫の紙に金泥で書かれたこのお経を千年以上をへてなお燦然と輝く文字に、身も心も震えたという。

 

古文書等を調べて、奈良時代には書いた金字をみがく作業があることを知り古文書に記されたように猪の牙が最適であることに到達した。

金泥の溶き方も試行錯誤の上に会得、正倉院文書などの資料をもとに楮紙を打った、打紙の研究、作業に没頭、注文をつけて漉いてもらった楮紙を植物のムラサキの根を用いて紫に染めるこの紙を金槌で叩き紙の密度を高めて、金泥を書きやすくする為だ。

 

紙を漉く、染める、打つ、紙に線を引く、金泥をつくる、書く、みがく、の作業を行い福島さんの古代金泥法に結実した。

源氏物語全54帖は金、銀、黒書で3回書いたと云う。書いた長さは1kmを超えるそうだ。氏の職業は歯科医で1963年から静岡市で開業、朝6時過ぎに診療所に行き帰宅すると紙を継ぎ、罫線を引き、経典や古典を金泥で書いて90歳に至るまでずっと続いて、90歳を境として歯科医は娘さんに引継いでその後は書に専念している。

 

師ももたず、団体にも所属しない「私はアマチュア」を自認している。アマチュアにしてこそなせる事業である。2000年に氏の古典が銀座の伊東屋で開かれ、その際金泥の溶き方、金字の磨き方等を親切、丁寧に教えて戴いた。氏の書に対する接し方、考え方に深い共感を抱き、又壮大な業績を知るにつけて後に続かねばと強く思うようになった。師を持たない私にとって、福島さんは唯一人の師である。ここに謹んで哀悼の意を表します。