和田 大諷

東京葛飾区金町在住

佛画・書・刻字・篆刻を制作

20数回の個展を都内、ひたちなか、ロスアンゼルス、サンクトペテルブルグで開く。過去の個展は展示会の項目をご覧ください。

 

次回鳩居堂での個展は2019年4月2日(火)から7日(日)の予定です。

 テーマのひとつが「紫式部日記」を紺紙銀泥の巻子にまとめたもので、これまでの文字より半分の細字にして上・下を一巻に纏めることが出来た。

なお 恒例の東大名誉教授大場 秀章先生の講演内容も「紫式部日記」と植物がテーマとなります。

 

著作 2014年2月

    「大諷の映画狂時代」

   2018年1月「大諷のへそ曲り

     読書日記」

 

ボクシングは若い頃からのファンにして、頭の中に過去の試合やボクサーの名前が詰まっている。

毎週月曜日のTV観戦記の記事は公平な目での厳しい批評が面白い。世界戦代表的試合は殆ど欠かさずアップしています。

 

 

渡辺一夫 貝殻追放について(愚感集 中巻 Aより)

渡辺一夫 愚感集 中巻 Aより (1949~1951)

 《貝殻追放》について

極めてデモクラチックな社会制裁の例として貝殻追放というものがあることは周人熟知の筈である。
これは凡そ西暦紀元前6世紀頃のギリシャのアテナイにいたクリスティネスという政治家が創始した制度のようである。毎年アテナイ共和国の長老会議の第6回或いは第7回目の寄り合いでその年にアテナイから追放すべき人を選ぶべきか否か市民に問うのであが、追放の必要のある場合は予め定められた日に市民が貝殻に共和国全体のバランスを破りかねないような変なことをする恐れのある人物の姓名を記入して木製の囲いの中に投げ入れ他のだそうである。

ある人物がアテナイ市民の約4分の1、約6千票以上を獲得したら5年~10年の間
アテナイから追放されることになっていた。追放投票を受ける人間は共和国の人民から
みて才能がありすぎるとか有名すぎるとかいう資格を持った人物であり悪くすると共和国を頤使(いし)するような独裁者になる誘惑を受けやすいと推定される人間だったようである。つまり悪いことをしたから追放されるのではなく、偉すぎるから、有名すぎるから追放されることになっていた。市民としては寧ろ名誉だったのである。この追放を受けた人は追放の期間政府によってその財産を擁護された。つまり優れた人間の頭を叩き全体をどんぐりの背比べにしてしまう弱点も有してはいたのであるが危険な動物である人間の本性を覚悟し、その妄動を事前に阻止しようとした点では確かに賢明な制度かも知れない。貝殻追放の名誉を受けた名士は11人いたようであるが当時アテナイにアルキビヤデスとニキヤスという二大勢力がありまさにアテナイの人々が恐れるような野望を持っていたのではないかと思われ被追放者候補にあげられていたが二人は相語らって評判の悪いヒュペルボロスに投票が集まるようにうまく工作したため紀元前417年彼が追放の名誉を受けるようになった。意外な結果に驚いたアテナイ市民たちは貝殻追放の名誉が穢され悪用されたことを遺憾とし潔くこの制度を廃止したと伝えられている。悟るだけの聡明さを市民が持っていたことがまことに羨ましい。
いかなるよい制度も形式的に用いられると芳しからぬ結果が生じるという教訓を含んでいるかも知れないと述べている。

 

政権交代を可能にするという名目で変更された選挙制度も少数意見の抹殺と大衆迎合主義の横行という結果のみを残し金のかからない選挙とのお題目も有名無実となっていることをみてもこの性懲りもなく現在の日本には生きている。