和田 大諷

東京葛飾区金町在住

佛画・書・刻字・篆刻を制作

20数回の個展を都内、ひたちなか、ロスアンゼルス、サンクトペテルブルグで開く。過去の個展は展示会の項目をご覧ください。

 

次回鳩居堂での個展は2019年4月2日(火)から7日(日)の予定です。

 テーマのひとつが「紫式部日記」を紺紙銀泥の巻子にまとめたもので、これまでの文字より半分の細字にして上・下を一巻に纏めることが出来た。

なお 恒例の東大名誉教授大場 秀章先生の講演内容も「紫式部日記」と植物がテーマとなります。

 

著作 2014年2月

    「大諷の映画狂時代」

   2018年1月「大諷のへそ曲り

     読書日記」

 

ボクシングは若い頃からのファンにして、頭の中に過去の試合やボクサーの名前が詰まっている。

毎週月曜日のTV観戦記の記事は公平な目での厳しい批評が面白い。世界戦代表的試合は殆ど欠かさずアップしています。

 

 

「リラの門」のピエールブラッスールとダニー・カレル

リラの門
ピエール・ブラッスールとダニー・カレル

1956年 仏 ルネ・クレール監督
ジュジュ役  ピエール・ブラッスール
芸術家役  ジョルジュ・ブラッサンス
下町娘役  ダニー・カレル

原作は新人作家ジャン・ファレの「大循環線」の映画化である。クレールは原作者の承諾を得て大幅に脚色を加えて「リラの門」を制作した。
リラの門とは現在は名前だけしか残っておらず、循環線に建てられていたパリを

取り巻く城壁中の関門の名前であり、うらぶれた貧しい人々の集り住んでいた一角である。
リラの門界隈にいい年をしながら全く働こうとしない怠け者で飲んだくれのジュジュが
住んでいる。腰の曲がった老婆の営む小さな古着屋と妹の内職によって生活が支えられているジュジュには唯一の友人がいる。「芸術家」だ。猫を相手にギターに合わせて歌を唄い、なにがしかの金を稼いでジュジュに酒を分けてくれる。そこへこの街にお尋ね者が逃げ込んでくる。事件は新聞記者にだけでなく、子供の「バルビエごっご」でも示される。警官に扮した三人の子供がカフェの前にある家の扉口に走って来て隠れる。一人の子供(バルビエ)が他の方向から走って来て家の中に入る。バルビエが家から出て来て左右へと逃げる。車の付いた箱を発見してそれに乗り込む。箱車が走り出す。
その箱車は二人の子供がモーター代わりに引っ張る。警官三人は彼を追って突進する。バルビエは箱車から木製の機関銃を出してス追跡者を射ち倒す。バルビエはまんまと逃げる事に成功する。こうした街では警官は歓迎されない。ジュジュ達二人はバルビエを地下の穴倉に匿うのだ。バルビエはやがてジュジュ達を召使のように使う。

ジュジュが純情娘として尊敬し、惚れていた酒屋の娘マリアはこれを嗅ぎつけてバルビエに接近、たちまち悪の怪しい匂いを放つバルビエに魅了されて店の全てを持ち出して逃走に協力するが、バルビエがマリアから金だけ取り上げ彼女を捨てて逃げることを知ったジュジュはもみ合いとなりバルビエの銃で彼を射殺するのである。

 

ジュジュ役のピエール・ブラッスールはサルトルのお気に入りの役者で、サルトルは
「悪魔と神」を彼のために書き上げ主人公ゲッツを演じさせている。更にサルトルが
シナリオを書いた映画「汚れた手」でエドレル役を振られており、同様に「キーン・
もしくは狂喜と天才」でも彼を起用している。ルイ・ジュヴェ亡きあとフランス随一の名優と謳われる。ブラッスールは舞台、映画とサルトルの期待に違わぬ大役を悉くやりこなし、舞台では常に連日大入満員が続いたという。

 

「リラの門」では愛すべきろくでなし「ジュジュ」を、これがあのブラッスールかと思うほどの変貌振りで巧みに演じている。また芸術家のジョルジュ・ブラッサンスは有名な歌手であり、映画出演は懲りてこれ一本である。日本のレコード会社からは彼の唄は出されて居ないが輸入盤には8枚ほどのCDが出されているのを近年知った。
映画の中で歌われているのは二つ。「我が心の森には」と「酒の歌」である。

 

「我が心の森には」作詞・作曲 ジョルジュ・ブラッサンス

         

      クラマールの森には かわいい花がある かわいい花がある
      仲間がいる 僕の心の森には 僕の心の森には
      僕の住む中庭の奥では 僕は有名 
      僕の住む中庭の奥では 僕は有名
      僕は有名
      悪名高い心の持ち主として 悪名高い心
       

      ヴァンセンヌの森には かわいい花がある  かわいい花がある

      仲間がいる 僕の心の森には 僕の心の森には
      僕の酒樽に酒がなくなってしまえば 僕の酒樽に酒がなくなってしまえば
      僕の酒樽に 連中は僕の水を飲むのも辞さない
                   僕の水を飲むのも