和田 大諷

東京葛飾区金町在住

佛画・書・刻字・篆刻を制作

20数回の個展を都内、ひたちなか、ロスアンゼルス、サンクトペテルブルグで開く。過去の個展は展示会の項目をご覧ください。

 

次回鳩居堂での個展は2019年4月2日(火)から7日(日)の予定です。

 テーマのひとつが「紫式部日記」を紺紙銀泥の巻子にまとめたもので、これまでの文字より半分の細字にして上・下を一巻に纏めることが出来た。

なお 恒例の東大名誉教授大場 秀章先生の講演内容も「紫式部日記」と植物がテーマとなります。

 

著作 2014年2月

    「大諷の映画狂時代」

   2018年1月「大諷のへそ曲り

     読書日記」

 

ボクシングは若い頃からのファンにして、頭の中に過去の試合やボクサーの名前が詰まっている。

毎週月曜日のTV観戦記の記事は公平な目での厳しい批評が面白い。世界戦代表的試合は殆ど欠かさずアップしています。

 

 

ボクシング界 伝説のボクサー達      2017年2月25日

 

1990年代半ばから2016年までの20年間に輩出した稀有なボクサー達、今後2人と現われる事がないであろう天才達を選出してみた。
試合の詳細はタイトル・マッチのみを記録した。なおポプキンス、パッキャオ、メイウェザーについては過去にブログで詳しく述べている。
他にミドル級全勝で17連勝防衛中のゲンナディ・ゴロフキンとプロ・アマを通じて全勝のフライ級ローマン・ゴンザレスがいるが今後を見極めたい。

 

 ここに取り上げるボクサーのラインナップ
   ☆ バーナード・ポプキンス 
   ☆ ロイ・ジョーンズ    
   ☆ ナジーム・ハメド      
   ☆ フロイド・メイウェザー  
   ☆ ワシル・ロマチェンコ
   ☆ リカルド・ロペス
   ☆ マニー・パッキャオ

 

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バーナード・ポプキンス

 

1965年1月アメリカ ペンシルベニア州フィラデルフィア北部のスラム街に生れる。劣悪な生活環境の中で17歳の時、刑務所に入る。
刑期は18年刑務所内ににはボクシングジムがありスモーキーことマイケル・ウィルソンからジムに誘われて刑務所内で頭角をあらわす。各地の
刑務所より選抜された選手間で試合が盛んに行われ、ポプキンスは強豪として知れ渡る事となった。
仮釈放された彼は刑務所内のジムに通って、やがてプロデビューする事となる。
88年10月デビュー戦で判定負け。93年5月ロイ・ジョーンズとミドル級王座決定戦で敗れる。94年12月IBFミドル級王座決定戦でセグンド・
メルカドと12R引分け。94年12月セグンド・メルカドと7RTKOに下して戴冠。
以降
96年1月  スティーブ・フランク を1RTKO
96/03  ジョー・リナレスプシー を4RTKO
96/07  ウィリアム・ジェームスを4RTKO
97/04  ディビット・ジャクソン を7RTKO
97/07  グレン・ジョンソン  を11RTKO
97/11  アンドリュー・カウンシルを12R判定
98/01  サイモン・ブラウン を6RTKO
98/08 ロバート・アレン と4R無効試合
99/02 ロバート・アレン を7RTKO
99/12 アントウン・エコールズ を 12R判定
00/05 シド・バンダーブール を 12R判定
00/12 アントウン・エコールズ を 10RTKO 
01/04 IBF、WBC 統一戦
    キース・ホームズを 12R判定
01/09 IBF、WBC、WBA 統一戦
    全勝のフェリックス・トリニダードを 12RTKO
02/02 カール・オマール・ダニエルズ を 10RTKO
03/03 モラード・アッカール   を 8RTKO
03/12 ウィリアム・ジョッピー  を12R判定
04/06 ロバート・アレン     を12R判定
04/09 IBF、WBC、WBA、WBO 統一戦
    オスカー・デラホーヤ を 9RKO
05/02 ハワード・イーストマン を12R判定
05/07 ジャーメイン・ティラー に12R判定敗
05/12 ジャーメイン・ティラー に12R判定敗 
11/05 WBC、ライトヘビー級
    ジャン・パスカル を 12R判定
11/10 チャド・ドーソン に 2回無効試合
12/04 チャド・ドーソン に 12R判定敗
13/03 IBFライトヘビー級
    タボリス・クラウド を12R判定
13/10  カロ・ムトラ    を12R判定
14/04  ベイブット・シュメノフ を12R判定
14/11  セルゲイ・コバレフ   に12R判定敗

戦跡 67戦55勝32KO 8敗2分2無効試合で敗れた相手
1. プロデビュー 1戦目
2. ロイ・ジョーンズ   93/05 世界戦
3. ジャーメン・ティラー 05/07 世界戦
4. ジャーメン・ティラー 05/12 世界戦
5. ジョー・カルザゲ   08/- 
6. チャド・ドーソン   12/04 世界戦
7. セルゲイ・コバレフ  14/11 世界戦
8. ジョー・スミス    17/02 

2005年に新鋭ジャーメイン・ティラーに2連敗、時既に40歳そのあとジョー・カル

ザゲにも敗れて時に43歳ポプキンスのボクシングもさすがに終りかと誰もが思ってい

たが、ライトヘビー級 に転向し11年5月45歳で返咲き13年3月48歳1ケ月にタボリス・クラウドを下してタイトル奪回、14年4月 シュメノフを49歳で3ケ月で下し大記録を打ち立てた。
ミドル級のタイトルを20回連続で防衛し、04年9月には他に例をみない4団体統一チャンピオンの偉業も成し遂げている。

ミドル級時代には強打者として一発必倒のスタイルで、ニックネームを死刑執行人と表

し 、常に様々なマスクを被ってリングに登場しダーティな試合振りと相俟って悪役を演じ続けて、観客のブーイングを浴びつづけてきたのである。しかしLヘビー級に転ずるや、防御技術の巧みさと従来から持っていた高度なテクニックを駆使しての省エネボク

シングに変化、新しいポプキンスを観客の前に出現させたのである。
力量は抜群であったが人気のあがる事のなかったポプキンスは、Lヘビー級時代になって実力、人気ともに最高の時を迎えて文字とおりのスーパースターとなった。

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ロイ・ジョーンズ

 

88年のソウル五輪 L・ミドル級で銀メダルを獲得、89年5月にプロに転向した。

以後20戦全勝19KOで、93年5月IBFミドル級王座決定戦でバーナード・ポプキンスを判定に下して戴冠。

94/05  トーマス・ラートを  2R TKO  に下す。
94/11  IBF S・ミドル級に転向し当時ライバルのスター候補

             ジェームス・トニー を  12R判定  に下してスター街道にのる。
95/03    アントワーヌ・バードを  1R TKO  に下す。
95/06    ビニー・バシェンザを  6R TKO  に下す。 
95/09    トニー・ソーントンを  3R TKO  に下す.
96/06  エリック・ルーカスを   11R TKO に下す。
96/10  ブライアン・ブラノンを  2R KO  に下す。
96/11  WBC L・ヘビー級王座決定戦で

             マイク・マッカランを  12R判定  に下す。
97/08  モンティ・グリフィンに  9R失格  敗
97/08         〃     を  1R KO  に下す。
98/07    WBA、WBC L・ヘビー級統一戦で
     ルーテル・バーレを  12R判定 に下す。
98/11  WBA、WBC L・ヘビー級統一戦で         
     オーテス・グラントを  10R TKO  に下す。
99/01  リッキー・フレージャーを  2R TKO  にくだす。
99/06  WBA、WBC、IBFの統一戦で
    レジー・ジョンソンを  12R判定  に下す。    
00/01  デビッド・テレスコを 12R判定  に下す。  
00/05 リチャード・4ホール を  11R TKOに下す。
00/09 エリック・ハーディング を10R TKO  に下す。
01/02 デリック・ハーモンを  10R TKO  に下す。
01/07 フリオ・ゴンザレスを 12R判定 に下す。
02/02 グレン・ケリーを 7R TKO に下す。
02/09 クリントン・ウッズを  6R TKO  に下す。
03/03 WBA ヘビー級に挑戦
    ジョン・ルイスを  12R判定  に下す。
03/11 WBC L・ヘビー級
      アントニオ・ターバーを  12R判定  に下す。
04/05              〃     に  2R KO  負け.

 

ロイ・ジョーンズは防御体制を格別とるでもなく、やゝしまりのない緊張感のまるで

ないスタイルから、パワーとスピード溢れるパンチを繰り出し、対戦相手の予測を上

回って威力抜群。まさに天才肌の選手で若い頃は倒し屋であったが、次第に試合振りは

変貌して自分で満足する試合を優先してきたようである。

対フリオ・セザール・ゴンザレス戦では身体の後に両拳を隠して相手を挑発し、ゴンザレスが攻撃に出るところに右拳一閃KOに下した試合がある。


身体能力抜群で昼間はバスケットの選手として試合をこなし、夜はボクシングのタイト

ル・マッチを行い、又歌手としても活躍した。

一番輝いた試合は2003年3月WBA ヘビー級のジョン・ルイスに挑戦もので、L・ヘビー級のリミットは79.38kg、ロイ・ジョーンズは85kgに体重を増やして105kgのルイスと対決。12R大差で判定勝した。歴史的勝利であった。
しかしその後L・ヘビー級に体重を戻したが、大きな負担となって04年5月アントニオ・ターバーにまさかの2R KOに敗れ、次いでグレンコフ・ジョンソンにも敗北し一時代を画したパウンド・フォー・パウンド ジョーンズの時代は終焉を迎えたのである。

戦跡 49戦48勝38KO 1敗分(ジョン・ルイス戦まで)

(あと確か5戦して2勝3敗であるが、まるで別人となっていた) 

 

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ナジーム・ハメド

 

92/04  リッキー・ベアードを 2R  KO  に下してデビュー。
95/09 WBOフェザー級 スティーブ・ロビンソンを 8R TKO  に下し戴冠。 
96/03 サイド・ラワルを 1R TKO に下す。
96/06 ダニエル・アリセアを 2R TKO に下す。
96/08 マヌエル・メディナを  11R TKO に下す。
96/11 レミヒオ・モリナを 2R TKO に下す。
97/02 IBF、WBO 統一戦 トム・ジョンソンを 8R TKO に下す。
97/05 ビリー・ハーディーを 1R TKO に下す。
97/07 ファン・ヘラルド・カブレラを 2R TKO  に下す。
97/10 ホセ・バディーリヨを 7R TKO  に下す。
97/12 ケビン・ケリーを 4R TKO に下す。
       (アメリカ)ラスベガスデビュー
98/04 ウィルフレド・バスケスを 7R TKO に下す。 
98/10 ウェイン・マッカラーを 12R判定 に下す。
99/04 ポール・イングルを 11R TKO に下す。
99/10 セザール・ソトを 12R判定 に下す。
00/03 ブセニ・ブングを 4R KO に下す。
00/08 オーギー・サンチェスを 4R KO に下す。
00/08  タイトル返上
その後 マルコ・アントニオ・バレラに判定負けのあと引退。

 

ハメドはイェメン出身のイギリスのボクサーである。
エマニュエル・スチュワード トレーナーの元・過去に類をみない両手をだらりと下げた完全なノーガード・スタイルで相手の攻撃は総てダッキング、ウィーピングステップで

躱し、又パンチは打ちっ放し、顎はあげ無防備なスタイルで八方破れ、しかし左右ストレート・フック、特にアッパー等アクロバットボクシングであるが全階級通じての1、2
を争う威力でKOの山を築いたのである。
戦跡 36戦35勝31KO 1敗、KO率86.1%、リングに登場する時はド派手なパフォーマンスを披露しこれだけで観客を魅了した。真のエンターティナーであった。

 

尚多くのボクサーがハメドの真似をしてリングに上がったが誰一人として成功した
選手はいない。

     

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フロイド・メイウェザー

 

96年アトランタ五輪フェザー級で銅メダルを獲得し、96年10月プロデビュー

17戦全勝13KOの実績を引っさげて98年10月WBC S・フェザー級王者エナロ・フェル

ナンデスに挑戦、8R TKOに下し戴冠。

 

以降 98/12 エンジェル・マンフレディを 2R TKO に下す。
99/02   カルロス・リオスを 12R判定に下す。
99/05 ジャスティン・ジューコを 9R TKOに下す。
99/09 カルロス・ヘレナを 7R TKOに下す。
00/03 ゴーヨ・バルガスを 12R判定に下す。
01/01 ディエゴ・コラレスを 10R TKOに下す。
01/05 カルロス・エルナンデスを 12R判定に下す。 
00/11 ヘスス・チャベスを 9R TKOに下す。
                  S・フェザー級返上


02/04 WBC ライト級チャンピオン
     ホセ・ルイス・カステージョに挑戦 12R判定に下す。
02/12 ホセ・ルイス・カステージョを 12R判定に下す。   
03/04 野球選手ホセ・ソーサの弟ビクトリアノ・ソーサを 12R判定に下す。
03/11 フィリップ・スドウを 7R TKOに下す。
           タイトル返上 S・ライト級に転向 


05/06   WBCチャンピオン サンダー(雷小僧) アルツロ・ガッティに挑戦

    6R 7KOに下す。

                   タイトル返上 


06/11   ウェルター級カルロス、パルドミールに挑戦 12R判定に下す。
07/12   イギリスの人気者で実力者のリッキーハットンを10R TKOに下し

                           引 退 


11/09   復活しWBC ウエルター級のビクター・オルチスに挑戦。
    物議をかもした試合で 4R KOに下す。
12/05  WBA S・ウェルター級ミゲール・コットに挑戦 12R判定に下し

                   5階級制覇を達成 


13/09   WBA、WBC 統一戦
    サウル・カネロ・アルバレスを 2:1の判定に下す。
14/05  マルコス・マイダナを 12R判定に下す。
15/05  マニー・パッキャオを 12R判定に下す。
05/09  アンドレ・ベルトを 12R判定に下し

                     全勝のまま引退 

 

2001年この時点でS・フェザー級はWBAにキューバのホエル・カサマヨールがカウンターパンチャーのテクニシァンでいて、IBFに長身、強打のタフガイ、メキシコのディエゴ・コラレス、WBOに27戦全KO勝ちのブラジリアンボンバー アセリノ・フレイタスと4人全員が全勝で並んでいた。

 

メイウェザーの評価はボクシングは巧いが実力は3番手かとみられていた。
コラレスが体重苦でライト級への転向が決っており、その前に急にメイウェザー戦が浮上。コラレスは転向前の置き土産としてメイウェザー戦 勝利のつもりでいたが、ウェイト調整に失敗し、あげく何度もダウンを喫して10RTKOに敗れたのは誤算であった。

 

ついでライト級に転向しホセ・ルイス・カステージョに挑戦したが2、3kgの差は予想外に重くのしかゝってカステージョの体力、パンチ力に圧倒されて大苦戦を強いられ、辛うじて疑問の残る判定ではあったが、これを下した。彼の戦歴の中で最も苦しんだ試合であった。

この2試合をものにして、自信をつけたメイウェザーはその後シェーン・モズリーとの対戦での右ストレートの一撃に膝をつきかけた以外は危なげなかった。

 

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ワシル・ロマチェンコ 

 

1982年2月ウクライナ ビルホルド ドニストロフスキー出身。
2008年北京五輪フェザー級で金メダリ、2012年ロンドン五輪ライト級で金メダル。
アマチュア戦跡 397戦396勝 1敗、唯一負けたアルベルト・セリモフにも2度雪辱している。プロ転向2戦目にWBOフェザー級オルランド・サリドに挑戦、サリドは体重調整に失敗したが、試合は2:1でロマチェンコはタイトル獲得に失敗した。

しかしサリドは体重リミットを守れず失格、タイトルを失っている。

ロマチェンコのターゲットとしたサリドは難敵中の難敵で粘り強く、タフで不屈の魂を持った稀有の選手で、悪い相手を選んだものだ。

空位となったタイトルをゲイラー・ラッセルと戦い3戦目にWBOフェザー級タイトル

保持者となった。


2016年7月WBOフェザー級ローマン・マルチネスに挑戦、戦慄の5R KOに下して

2階級制覇。
2016年12月ドネアをKOに下した豪腕全勝のニコラス・ウォータースを8R TKOに

下してその実力を天下に示し、人気も急上昇している。


サウスポーの天才で、至近距離で闘うが相手のパンチはほとんど喰わない。
まるで氷上を滑るように、しかも最少の動きで試合を組み立て、ショートパンチを

中心に、的中率切れ味ともにプロに馴染むに従って凄みも増し見事と云うしかない

ボクシングを披露しており、今後ともボクシング界を背負って立つスーパースター

となった。
歴代アマチュアボクシング界最高の選手の折り紙付きでプロ入りしたがプロでもその

評価に恥じない選手である事を証明している。
     

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リカルド・ロペス

 

アマ40戦40勝28KO。1985年1月プロ・デビュー。

90年10月 WBCミニマム級 大橋秀行を 5R TKO勝ちで戴冠。
91/05   平野公夫を 8R TKOに下す。
91/12    李 敬渕を 12R判定に下す。
92/03   ドミンゴ・ルーカスを 12R判定に下す。
92/08   シンプラサート・キティカセムを 5R KOに下す。
92/10   ロッキー・リンを 2R KOに下す。
93/03 呉 光洙を 9R TKOに下す。
93/07 サマー・ソーチャトロンを 2R TKOに下す。
93/12 マニー・メルチョーを 11R KOに下す。
94/05 ケルミン・グアルティアを 12R 判定に下す。
94/09   ヨドシン・センガーモロコットを 1R TKOに下す。
94/11   ハビエル・バルゲスを 8R TKOに下す。
94/12   ヤミル・カラバリョを 1R KOに下す。
95/04   アンディ・タバナスを 12R TKOに下す。
96/03   アラビア・モアを 8R TKOに下す。
96/06   キティチセィ・ブリーチャを 3R KOに下す。
96/11  モーガン・ニドゥモを 6R TKOに下す。
96/12   朴 明曼を 1R TKOに下す。
97/03   モンコン・チャレオンを 12R判定に下す。
97/08   WBC、WBO 統一タイトル・マッチ
    アレックス・サンチェスを 4R TKOに下す。
         WBO王座剥奪


98/03   WBA、WBC 統一戦
    ロセンド・アルバレス 7R引分け
98/11   ロセンド・アルバレス 12R判定に下す。

                          WBC剥奪


99/12   IBF、L・フライ級 
      ウィル・グリッグスピーを 12R判定に下す。
00/12   ラタナポン・ウォラビンを  3R TKOに下す。

01/09   ソラン・ペテンを     8R KOに下す。
02/11           引 退 

 

タイトルを取ってから一試合毎に欠点を修正して完璧に近づけた。
リングに出るときはコーナーで高くガードを掲げて構え、アウトボクシングで
軽やかにステップを踏みウィービング・ダッキングも駆使、長い左ジャブで相手を
コントロール、左・右ストレート、フック、長短のアッパーをいずれも一発必倒の
切れ味を有して接近戦を許さず、クリンチや乱戦を極端に嫌い、常に自分の距離を
保って闘った。

危険を犯さずに冷静に相手の状態をみきわめて、なお70%を超えるKO率を誇った。
ニックネームは「精密機械」と評し、プロ・アマ通じて全勝のまゝ引退。


強さの為対戦相手に苦慮してファイトマネーは上らず、実力に比して名声、経済的
に必ずしも恵まれなかった。10年に亘りミニマム級の体重を維持。

試合のあとは打ち上げパーティ等は一切せずに、ホテルに引き上げて節約に努めた

という。

 

長い時間をかけて自身を精密機械に作り上げていったストイックな選手であった。
戦跡 51戦50勝37KO 1分。
    

        ********************

        

マニー・パッキャオ

 

1978年12月フィリピン ブキドノン出身。

1998年12月 WBCフライ級 チャチャイ・サークサンを 8R TK0で戴冠
99/09  メッグン・シンスラットに 3R KO 負
01/06   IBF S・バンタム級 リーロ・レジャバを 6R TKOに下す。
02/06   ホルヘ・フリオを 2R KOに下す。
02/10   ファーブラコム・ラキッドジムを 1R KOに下す。
03/03   エマニュエル・ルケロを 3R TKOに下す。
        返上 WBC S・フェザー級
08/03   ファン・マヌエル・マルケスを 12R判定に下す。
        返上 WBC S・ライト級へ
08/06   ディビット・ディアスを 9R KOに下す。
        返上 WBOウェルター級
09/11   ミゲール・コット  12RTKOに下す。
10/03   ジョシア・クロッティを  12R判定に下す。
10/11   空位のWBC S・ウェルター級王座決定戦
    アントシオ・マルガリートを 12R判定に下す。
        ウェルター級に戻る
11/05  シェーン・モズリーを 12判定に下す。
11/11  ファン・マヌエル・マルケスを 12R判定に下す。
14/04  ティモシ・ブラッドリーを 12R判定に下す。
14/11  クリス・アルジェリを 12R判定に下す。
15/05  WBC、WBA、WBO統一戦
    フロイド・メイウェザーに 12R判定負け
          引 退
16/11  復活 WBO ウェルター級
     ジェシー・バルガスを 12R判定に下し
     16年末でのタイトル奪冠
戦跡 67戦59勝38KO 6敗2分

 

パッキャオは  フライ級      50.80kg  98年12月
               S・バンタム級  55.34kg  01/06
                     S・フェザー級  58.97kg  08/03
                     ライト級      61.23kg     08/06
                     ウェルター級    66.68kg     09/11
                     S・ウェルター級   69.85kg  10/11

 

この間10階級にまたがって6階級を制したのである。特にS・フェザー級からS・ウェルター級まで2年間で11kgの増量を成し遂げた。都合19kgの驚異的な増量であり、

クラスを上げる度にいきなりタイトル・マッチの連続であった。

その都度もう無理と言われ続けてきた。何しろ対戦する相手が自分よりはるかに体格の

勝る選手ばかりであったのだから。

 

従来一階級上げただけでも大変な世界であった。それを準備期間をもうけて馴らした

上での挑戦の数々ではないのである。そもそもフライ級の骨格の選手からS・ウェルター級で闘うことそのものが有り得ない事態であったのである。


同じ6階級制覇であってもオスカー・デラホーヤは当初から目指しておりS・フェザー級
から始めてミドル級まで13.6kgでオリンピック金メダリストとして大切に育てられ、
対戦相手も慎重に選ばれて、御しやすい相手、名のある盛りの過ぎた相手をターゲット
とした為に順調に勝ち進んでいき、実力も次第についてきたのであるのと比べると、
パッキャオはどの試合も圧倒的不利と言われ続けるなかで奇蹟のように勝ち進んでいった全く条件の異なる状況であったのである。


デラ・ホーヤは再び現われるであろうが、パッキャオはまさに異能のボクサーで今後

決して現われる事の無いボクサーであるのは断言できる。
事実、パッキャオに有能なマネージャーが付いていれば10階級制覇となっていたの

だから。