金泥の書について

平安時代に書かれていた金泥の経文は現在は殆ど継承されていないのが実状だ。
1993年佛画を描いて個展を開催して以来20回を重ねたが2008年源氏物語千年紀を期して、桐壺、帚木の巻を紺紙金泥で描き巻子として個展に展示した。

 

2009年1月癌で大腸を15cm切除したが回復後、70年生きた証として、源氏物語を全巻金泥にて書写する事を決意、先ず作品を充分会得する事から始まり、私は古文解読が不十分の為現代語訳で既に読んでいた与謝野晶子訳、今回谷崎潤一郎訳、アーサー・ウェイリーの英訳を日本語訳したものと、室町時代の三条西家正本を底本とする岩波文庫版を併読。訳本ではウェイリーの訳が最も優れているように思われた。原作を大胆に取捨しており「若菜」などは大幅に縮少しているが、原作の真髄を良く表現している。

20世紀始めに英訳された時、欧米の読者は20世紀文学のプルーストやジョイスの作品と並んで、同様に受け入れた。彼らの文学表現と「源氏物語」が極めて酷似していたからである。人間の内面、社交界、美について、等共通点が多くプルースト等の「意識の流れ」は源氏にはなかったが。


しかし原文の美しさは格別で、その微妙な表現は、特に登場人物の内面の追求に驚かされる。

さて、制作に取り掛かる。先ず文庫本の字数を数えて一行30字、間隔は1㎝とし、一巻を23、000字程とし全部で巻子38巻とした。合計百万字、延300mの予定である。
濃紫紙、金泥を揃えて、金泥を溶かす膠の希釈度を2.5%と定めた。次に金泥の灰汁取りを2昼夜2度に亘って行い、冴えを生み出す。

2.5%で溶かした金泥で、濃さに斑がないように書き上げた後、金泥の書を猪牙を使って磨き上げる。

1日5時間、殆ど休みなしに正座して書き続け、2年半あまりで終了した。
手間も、時間も費用もかかる為に失敗は許されない。しかし失敗は避けられない。失敗した場合は希釈した膠液で慎重に金泥の失敗した字は洗い流す作業を行うが2字以上の失敗を訂正する事は難かしい。
私の失敗の確率は1巻に1字といったところだ。完成のあと、銀泥にも取組んだが、銀泥の膠溶液の希釈率は金泥の7倍、17%程にしないと紙に定着しない。他は金泥と用法は変わりない。

 

今日まで「倭漢朗詠集」「梁塵秘抄」「古今集」「風姿花伝」「奥の細道」「歎異抄」「方丈記」「平家物語」「徒然草」等を書写し終わっている。これからも、日本の古典文学を書き続けていきたい。